強い人が陥りがちなこと

世の中には身強のように星が強い人っていますよね。

 

教科書には、

エネルギーが強いので、自分だけのために使うと持てあますから

世のため人のために使うといい。

人が嫌がるような役目などを請け負うといい。

なんてことが書いてあります。

 

頼られると悪い気はしないし

正直、任せるより自分がやった方が早くて確実だし間違いない。

 

実はここに大きな落とし穴があるんです。

 

自分がやった方が早いから、と何でも抱えていると

抱えられるうちはいいんだけど

そのうち手に余る時が来るわけです。

 

その時になって、「なんで私ばっかり!!(怒)」と爆発しても

誰も理解してくれない。

 

たまにはそっちがやってよ!と投げたところで

今までやってない人にできないこともある。

 

例えば、旦那さんやお子さんに対して

「もー!しょうがないなー」と文句を言いながら

何でもやってあげていたら

いざ、自分ができなくなってお願いしても

やったことないし、わからない、できないってなる。みたいなこと。

 

人にやってもらうのは満足できない、っていうのは相手を信じてないし

自分がやった方が早いから、と何でもやるのは

相手の経験と学びの機会を奪っていることになる。

 

星が強い人に限らず、禄存や司禄が強い人もそうかもしれません。

やってあげることだけが愛情じゃない。

 

もっと言えば、相手にしたって

今まで全部やってもらったことを今更やれと言われても面倒なわけで

楽な立場(弱くて、できなくて、守ってもらうポジション)を

そうそう簡単に手放したくはないわけで。

 

できなーい。というよね、そりゃ。

 

その時に、グッと我慢できるかどうかが分かれ道じゃないでしょうか。

手を出さないでいられるか。しょうがないなーとほだされないでいられるか。

(これができないなら、一生「はい、喜んで!」って世話をすると覚悟するしかない)

根比べ、ですね。

 

 

ソラリタを受けてくださったお客様と↑のような話になって

「ここは心を鬼にして」「この先の人生を考えて生き方を見直す時だし」

何て言いながら、わが身にもその覚えがある。ひしひしと。

(旅行行ってケンカになるのはだいたいそういうパターンだもん)

 

塩梅がむずかしいところですよね。

 

***

 

このごろずっと身強と身弱のことを考えています。

強いって何だろう。弱いってどういうことだろう。

実は「弱い」側の人がイニシアチブを取ってることもあるし、

強い人の中にある弱さ、弱い人の中にある強さみたいなことも。

考え出すとキリがない。それが面白くもあるのですが。

また改めて記事にするか、いっそ講座仕立てにするか。

 

Posted by 八雲あかね at 18:03 | 算命 | - | -

勉強に終わりはない

昨日は、なぜか急にむくむくと衝動が湧いて

今までに習った算命のテキストのおさらいをしていました。

 

勉強でも仕事でもそうですがなにかを習得するとき、私はまず概略や骨組みを知りたいのです。

やりたいこと(知りたい事や目的)がまずあって、

次にそれをやる(知る)にはどうしたらいいかを考える。

取扱説明書を1ページ目から順に読まず、知りたい機能のところだけ読むタイプ。

 

仕組みが知りたいし、仕組みが作りたい。

いろんな仕事をやってきましたけど、一番楽しかったのは

データベースを構築して、帳票が自動的に発生するシステムをつくるという業務に携わった時と

作業要領書(マニュアル)をつくる仕事でしたね〜

定型のフォームに入力する、とか

この手順通りに作業すればOK、という仕組みつくり。

(逆に一番嫌だったのは秘書業務。他人の都合に振り回されるのはしんどさMAX)

 

ただこのやり方には欠点があって

自分に関係ない(と思われる)ことは知らないことさえ気づかない。ということ。

 

昔、で始めの頃のパソコンを使ってプログラムは組めたけど

ワープロは使えなかった、とか。

ワードやエクセルも、必要な作業をすることはできたけど

便利な機能(右クリックとかショートカットキー)は知らなかったとか。

でも、できないということを理解したうえで学ぶと知識が定着するというのも

実感しましたが。

 

 

話が随分それちゃいましたが、昨日テキストのおさらいをしながら

講座を受けてる時は???だったことも、今なら理解できたりする部分や

覚えているつもりでも、抜け落ちてるところに気が付いたりとか。

改めて勉強面白いなと思ってる自分がいました。

 

来年亥年がくると、自分の命式とあわせて、亥ー子ー丑の方三位ができるし

この前気学の先生にも、来年私の星は北に来るから勉強にいいよ、と言われたし

ネイタル3ハウス山羊土星の書き換えの年でもあるから

来年は学ぶことを意識してみようかと思います。

 

新しいことを始めても、今やっていることを見直ししても

いろいろ発見することがありそうです。

単発の講座とか、いろいろ企画してみようかな〜

なんだか楽しくなってきた!

 

 

Posted by 八雲あかね at 18:22 | 日々の徒然 | - | -

更年期うつ

2度目のサタリタは、だいたい56〜58歳くらいの時期にやってきますが

女性の場合、その前後の時期に更年期を迎える人が多いのではないでしょうか。

 

更年期の詳しい説明はこちら→

 

ていうか、もうそろそろサタリタだから何かあるかも、っていう人より

なんとなくモヤモヤしてすっきりしないのは更年期のせい、と考える人の方が

圧倒的多数だと思いますが。

 

私が、いわゆる更年期の不定愁訴を自覚したのは去年の夏です。

 

なんとなくやる気が出なくて、だるいし疲れが取れないし

どちらかというとネガティブな方に気持ちが向く。

 

7月に、オフィスのオープン1周年記念があっていろいろイベントを企画したんですが

実はあの時内心はとてもしんどかったです。。

自分の内側からやりたい!という情熱が湧いていたというより

やろうよと言ってくれる人がいて、楽しみにしてくれてる人がいるから

頑張ってやらなくては、と思っていました。

完全に自分のからだの声を無視して、頭考えたこと優位で動いてた。

頑張らなくちゃダメ、ちゃんとしなくちゃダメ、できないって言っちゃダメ。

 

で、イベントが一通り終わって一息ついた後に眠れなくなりました。

 

もともと丈夫で寝込むこともほとんどなく、

食べられない・眠れない、とは無縁で生きてきましたから。

(インフルエンザのときでさえちゃんと食べられるし、熱は1日で下がる)

食欲がなくなるほうならまだしも、夜眠れないのは

寝不足で頭がぼーっとする以上に、

このまま眠れなかったらどうなっちゃうんだろう?という恐怖心のほうが強かった。

 

「元気さ」にゲージがあるとしたら相対的に見れば、

普通の人の普通の状態よりまだ元気メモリは上なのかもしれなくても

絶対的(自分の感覚)にみれば、もうものすごく落ちている感じ。。。

身体も丈夫な上に身強でもあるので、強いけどがさつであったので

普通の人はこういうしんどさを抱えているんだな、ということを

ぼんやり考えていた記憶があります。

 

結局、市販の睡眠導入薬を服用して

これがダメだったら医者に行こうと決めたら

安心したのか、普通に眠れるようになりました。

今は特に問題なく過ごせています。

 

サタリタも、更年期も、あと算命の中年期から老年期の切り替わりも

だいたい同じような時期に集中してやってくる。

60年くらい前の平均寿命はちょうど60歳くらいだったわけで

寿命が延びた現在でも、やっぱりこの大きな転換期をどう乗り越えるかは

とても大事なことなんだな、と改めて思います。

若い頃と同じように!と無理をするとガクンとダメージがくるから

50代後半になったら、これまでと同じにはできないという理解と自覚をもって

ちょっとシフトダウンしてみることが必要です。

 

 

ただ、個人的に、「閉経後のおばちゃんはいろんな面で無敵」だと感じているので

移行期だから注意が必要で、ちょっとしんどいだけ、だと思ってますけどね。

 

 

Posted by 八雲あかね at 09:35 | 2度目のサタリタ案件 | - | -

人生を愉しむことは土星案件

え?ちょっと待って「遊びなのになぜ土星?」って不思議に思われるかもしれませんね。

順を追って説明しますね。

 

本来の土星は、枠組みとか制限、ルールや重しというような意味を持ちます。

出生図の中で、個人天体に土星が絡むと、だいたいはその天体の性質を抑えるという形で表れます。

制限やルールなんてあっても楽しくないから、無いほうがいい!と思うかもしれませんが

制限やルールがあるからこそ、その枠の中にいれば守られる、という見方もできます。

家庭という小さい単位から、学校や職場、社会全体という単位までその枠は様々です。

 

箸を使って一人でご飯が食べられる、ひとりで着替えたりトイレに行ったりできる

時間や約束の概念を理解して守ることができる。

これらすべて、躾けや教育という名の土星案件で

こういったことができていれば、困ることはないけど

できないと、家ではいいけど、社会生活を営む上ではいろいろ弊害が起きるよね、ということ。

 

土星の影響は小さいときほど大きくて、大きくなるにつれ緩和されていくことがほとんどです。

成長することで「ちゃんとできるようになること」が増えていくからです。

 

人は皆、28歳前後で最初のサターンリターンを迎えます。

親が作った枠や価値観から抜けて、自分の生き方を模索する

ひとりの人間としての自覚と責任を持つ、というのがこの時のテーマです。

 

そして次の28年が過ぎると、56歳前後で2回目のサターンリターンがきます。

自分がどんなふうに生きてきたかが形になり、結果が出る。

この時、自分が枠に入れられる側から、自分の枠を示す側に転ずるのだと思うんです。

わかりやすく言うと、こんな大人になりたい、と誰かを目指す側から

目指される側になる、ということです。

 

 

ちょっと前、友人に聞いたエピソードがとても印象的だったので紹介します。

(掲載許可はいただいています)

 

友人たちが、知り合いのお子さんがバイトしているお店に遊びに行ったそうです。

その子は何をしても、なにかに縛られたくない、自由でいたい

もっと自分に合った生き方が他にあるに違いない、と

次々に仕事や居場所を変える暮しをしていたらしい。

友人たちは、その子の生き方に説教や干渉をすることなく

ただ、その店で楽しく遊んで帰ってきたということです。

 

そしたら後日その子が、

「自由になりたくて定職につかないでいる自分は実はちっとも自由じゃなくて、

普段ちゃんと生きて、自分のお金で遊んでいる○ちゃんたちの方がよっぽど自由だと思った。

自分が年を取った時に○ちゃんたちのように心から楽しめる大人になりたいから

生き方を見直してみようと思う」と言ったそう。

 

楽しんで生きていない大人が何人も「ちゃんとしなきゃだめ」って説教するより

人生を謳歌している姿をそのまま見せることの方が

その子の人生には大きな説得力があった、ということです。

 

 

この前のジャケ写遊びのときも同じ。

FBの写真にはたくさんの人が共感してくれました。

裏も下心も何もなく、ただ自分たちが真面目に本気で楽しんだからだと思います。

 

40代後半〜50代になったら

自分がどう生きているかがそのまま社会に反映される

だからこそ、自分らしく生きる・楽しんで生きるということは

自分のためだけじゃなくて、後に続く若い人のためになることだな、と思った。

ていうか中年期以降の義務だね。

 

なんか年取るのも悪く無い、とか

あんなふうに年を取れたら面白そうだよねって

そういうばあちゃん目指したいよね。

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 14:33 | 土星の活用術 | - | -

奪う?それとも循環させる?

FBで超ゆる募していた「私と何か交換して」企画終了しました。

 

結局、交換が成立したのは2名様でしたが

それぞれに楽しく豊かな時間を過ごさせていただきました。

ありがとうございます!

 

やりたい!って申し込んでくださっても、何していいかわからないからやめるという人もいたし

私一人でなんとかできない規模のことを求められてお断りしたケースも。

こちらのできることを、なんでもいいよじゃなく、具体的に絞った方がわかりやすいかも。

個人的には面白かったので、また気が向いたらやろうかな。

 

やってみて感じたことですが、その時間はとても豊かでした。

なんらかの技術や時間を提供する、その対価として何かを返す

それは技術かもしれないし、お金という場合もある。

金額以上の何かがそこにあった感じです。

ニトリのCMじゃないけど「お値段以上」の価値がそこには生まれる。

そんなことを感じました。

 

無料で提供するサービスってあるじゃないですか。

あれは、無料でも大丈夫な理由が提供する側にある。

宣伝のため、日ごろの感謝として、新しいメニューの手ごたえを見るために、

自信をつけるために。

万年筆で字を書きたいという目的のため(←これは私ね)

 

無料のサービスを受けることは悪いことじゃないです。

でも無料のサービスは受け取るけど、対価を払ってサービスを受けることはしない

というのは、まあ、損はしないけどそれ以上の豊かさは享受できないんじゃないかな。

出した以上のものは受け取れないと思うから。

 

お互いが相手に対して、ありがたいな嬉しいなお返ししよう、という気持ちでいると

そこにプライスレスの価値がどんどん乗っていく感じ。

鑑定料をおまけしたりみたいなことはしないけど、

やっぱり良くしてくれる人や、喜んでくれる人には

新しいメニューやWSを思いついたときに優先的に声をかけたりはするかな。

 

自分は何もださない、けれどもらえるものは欲しい、という在り方は

短期的には得しているように感じるかもしれないけど

長い目で見たとき、循環させている関係性の方が何倍も豊かなんじゃないか

そんな風に思います。

 

 

あとね、占いとかヒーラーとか、見えないものを仕事にしてる人と

友達になると何か得すると思ってるひとがもしいたら、それは違うよ。

 

友達として相談されたら「あなたがやりたいようにやればいいよ!」としか言わないし

同業の人同士でも、どちらかが一方的に相談もちかける、ってしない。

お金払うからやって、と言う。

お返しがお金じゃなくて、代わりにあれやって欲しい、みたいなことはあるけど

それは日ごろから相手の仕事を尊重して、お互い様と思っているから成立すること。

 

あかねさん何歳ですか?とかどうして占いやろうと思ったんですか?みたいな

世間話は答えるけど、今天中殺なんですけどどうしたらいいですか?とか

○星持ってるけどこれってどうですか?みたいなことは

有料ですけどいいですか。って言うよ。

お金を払って来てくださるお客様が、一番大事だし

そういう方たちに失礼になることはしたくないから。

 

友達でも友達じゃなくても、

知識や時間やスキルを持っていこうとする人より

尊重してくれる人の方を大事にしたくなるのは、当たり前のことだもんね。

Posted by 八雲あかね at 18:22 | 日々の徒然 | - | -

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