贅沢の定義

この前ツイッターを見ていたら

『贅沢の定義は人それぞれ違う。日常と非日常を切り離すのが贅沢という人もいるし、日常を上位修正するのが贅沢という人もいる。そして両者ともに相手の感覚は理解できない』

というつぶやきを見つけて、なるほど!と思いました。

 

例えていうなら

 

日常と非日常を切り離すタイプにとっての贅沢は、

普段は家で普通のご飯を食べるけど、特別な日には奮発してフレンチとか懐石を食べる

 

日常を上位修正するタイプにとっての贅沢は

いつも使っている日常品のグレードを上げていく。スーパーの野菜を有機野菜に、とか

綿のシーツをリネンに、とか。

 

 

前者代表は獅子さまでしょう。

あと射手も、モノじゃなく体験で非日常感が好きな気がする

 

天秤や牡牛に天体持ってる人は後者な感じがします。山羊もそうかも。

 

単純に太陽と月のアスペクトもあるかもしれません。

太陽(公的自分)と月(私的自分)の関係が180度で向き合っていたり

まったくアスペクトをとっていなかったら、こっちとあっちは別々という感覚に

なりやすいかなという気もします。

 

私は前者ですね、太陽は山羊だけど

獅子月だし、射手金星だし、太陽に0か100かの冥王星が絡んでるし。

「ハレ」と「ケ」が明確に分かれてる方がいいです。

 

子育て中、近所の人によくランチを誘われることがあったんですが

それが結構苦痛であまり参加しなかったんですよね。

週に1~2回、カフェやビュッフェ式のお店で、いかにお値打ちに食べるかというより

月に1回、3000円〜5000円くらいの少し改まったランチに行く方が好きだった。

「え〜!3000円のランチなんて贅沢だねー」なんて非難されたりしましたが

トータルでは私の方がお金使ってないし。。とか思っていたなぁ。

両者が交わらないってこういうことだったのね。

 

 

 

小ネタ的に、「あなたはどっちのタイプ?とかデータ集めてみたらおもしろそうです。

Posted by 八雲あかね at 08:22 | 星のこと | - | -

土星が順行に戻りました

昨夜(8/25)に、逆行していた土星が順行に戻りました。

 

 

新月記事の折などに触れていますが、今年の後半

大きな天体移動が続いて、世の中のムードが変わっていきます。

 

10月10日に木星が蠍座に移り

12月20日には土星が山羊座に入ります。

木星も土星も社会天体と呼ばれる天体なので

この2つが揃って星座移動することは大きな影響力がある、ということになります。

 

《華やかで軽やか》なムードから《真剣にきちんと》に変わっていく。

より本物志向に、外側より中身に、なっていくのです。

 

リア充という言葉があります。

FBなどのSNSで日々の楽しい出来事などを投稿している人は多いですし

それを見て、みんなは幸せでいいなぁそれに比べて私は。。と落ち込む人も多いと聞きます。

けれど実際のところ、楽しそうに演出するための「リア充アピール代行」のサービスもあるとか。

 

この年末以降は、で実際のところはどうなの?というのが大事になってきます。

見た目の華やかさより内面の充足度が

語る夢の大きさより結果を伴えるかどうかが

あなたでなければいけないという存在感が

ここから先はとても重要になってくる。

 

新月の記事で何度も何度も繰り返し書いた

《あなただけが持つ本質の輝き》が大きな価値を持つようになってきます。

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 11:53 | 星のこと | - | -

繰り返すパターン

水星も逆行しているので、ちょっと思い出話でも。

 

2012年だったかな、シータヒーリングの講座を受けたんです。

 

講師は東京の方でしたが、イベントでお目にかかったことのある方で

対面に座っただけなのになぜか涙があふれるという不思議な体験をしてたから

その人のことはすごいなって思っていたの。

 

だけどイベントでもう名前も覚えていないけど、

シータヒーリングを受けたことがあって

いくつかのテーマの中から好きなものを選んでやってもらうんだけど

その時に「お母さんかな?まだ成仏してないみたいなので上げちゃっていいですか」みたいに言われてすごく嫌だった。

 

だから仲間内でシータヒーリングを習うという話が出たときに、私はいいやって思ってた。

不思議なことに、何人もの人に「あなたも受けるんだよね?え!受けないの。なんで?」と言われて

最終的には「あなたには必要だと思うから受けたほうがいい」と説き伏せられて

結局開催の前日に飛び込みで申し込んだ、という経緯があります。

 

その時から、同じフレーズを複数回見聞きしたら、それはちょっと意味があることだと受け止めるようにする

というパターンが私にはあります。

 

 

そしてここまで書いて、もう一つ別のパターン見つけちゃった。

 

シータヒーリングもそうだし、占星術もそうだけど

一度目に受けたときに「なんじゃこれ!」と思ったものほどなんかご縁が深い。

 

なんで急にこんな思い出話をしたかというと

それ聞いたことある、前やったけどそんなに良くなかったんだよねーという

似たようなパターンを今日、まさに体験してきたから。

 

そうたぶん、私は

なんだこれ、気にいらない、見返してやる!という

怒り(火星)に火が付くと俄然やる気になる、そんな太陽火星合。

Posted by 八雲あかね at 22:06 | 星のこと | - | -

私にできること

星を読んでその解釈をブログに書いたり、FBやツイッターでシェアしている方

たくさんいらっしゃいます。

FBとかだと、自分がフォローしていなくてもだれかがいいねすると

タイムラインにあがってくることがあるので、目についたときは読みます。

 

 

抒情的な文章でたくさんの人の支持を得ている人をみると

みんなの心をつかむような文章が書けるっていいな、とか

たくさんの人に支持されて羨ましいな、とか思うし

 

詳細に緻密にホロスコープを解析している人のを読むと

そんなところまで読むのか!すごいな!と思う。

 

星読みだけじゃなくカードなんかもそうですが

同じものを見て表現するときに、

本当に人によって見方や感じ方は違います。

どんなものも、それを見る人のフィルターを通して語られるというだけで

絶対的な正解は無いのだろうなと思います。

どのフィルター(捉え方や表現の仕方)が好きかどうかだし

別に一つだけに絞る必要もない。

 

 

勉強を始めて間もない頃、モニターで何人かの人のホロスコープを読ませてもらったとき

「よくわからない」と言われました。

自分は勉強して専門用語とかもわかっているし、用語を使った方が楽だけど

そもそも用語がわからないと、もうそこで???になるんだよ、と。

 

勉強で得た知識とか専門用語は、言語と置き換えてもいいです。

同じことを学んだ人たちと共通言語で喋るのはとても楽しく刺激になるので

私も好きです。

が、仕事としてお客様に接するときに

こっちの言うことを理解するべき!という姿勢では伝わらない。

なんでわからないの!これくらい理解できて当たり前、という考えは

お客様に押し付けちゃいけないのです。

 

 

今年、ローズウインドウ(紙で作るステンドグラス)の先生とコラボして

毎月の新月の意味を知って願いを込めて作品をつくるというワークの

星読みの部分を監修させていただいているのですが

専門用語を使わない、占星術を知らなくても理解できる表現 というのを

意識してやっています。

 

専門用語を使わない・抽象的な概念を入れないで「わかった!」と理解してもらうのは

本当に難しいです。ですがすごく自分の表現力が増す実感もあります。

いろんなパターンや語彙(表現する言葉)や、たとえ話的なものが

たくさん貯まってきました。

 

インプットとアウトプットは使う脳みそがちょっと違うし

わかるように伝えることで、実は自分の理解度が増すという効果もある。

わかりやすくかみ砕いて表現する・伝えるっていうのが私の強みなんだなと

この頃改めて感じます。

 

みんなできる、できて当たり前と思っていたから

「それ以外の何か」をずっと探していたけど、

自分では苦も無く当たり前にできるけど他の人にはできないことが才能 って

お茶会の時なんかに自分で話していたけど、まさにそれですね。

(やっぱり発する言葉はブーメラン・・)

 

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 09:21 | 星のこと | - | -

海王星と土星

このごろずっと海王星と土星について考えています。

 

前にちょっと「視える人」について書いたことがありますが

潜在意識とか見えない何かにアクセスする・繋がるのは海王星の力です。

海王星の力が強いと、いわゆる「視える」「メッセージをおろせる」力が強いということ。

 

私は個人的にですが、この海王星力が強いということと

それをお仕事としてやっていくスキルは別物だと思っています。

 

海王星というのは境界を曖昧にします。

この世とあの世の境目、顕在意識と潜在意識の境目、自分と他人との境目

そういうものが曖昧になって混沌としていつか飲み込まれます。

視える力、聞こえる力というのはそれだけで才能だと思うし

本当に辛くてどうしようもなくて何かにすがらずにいられない時

何もかもお見通しで答えをくれる人の存在はとても大きい。

だからそういう力を持っていてそれを使う人を否定はしない。

 

ただ、お仕事にするときは、仕事だからこそ

境界線が必要なのだとも思うわけです。

何もかもわかってもらえて安心、というのは依存を生みます。

依存はコントロール(支配)を生みます。

何をするのでもその人に聞かないと何もできない、というのは

とても不自然な姿なのではないかと思う。

 

色々なものが見えてわかてしまうから、相手の弱さや本音が見えてしまうからこそ

必要なこと以外見ない、仕事の時以外は見ない、ONOFFのスイッチを入れる

そういう枠というか、律することが不可欠ではないか。

そしてその「枠」や「制限」こそ、土星の領分。

 

私たちは、電車に乗っているときやカフェでお茶を飲んでいるとき

隣の席の人のスマホの画面を凝視したりしませんよね。

目に入って、読める距離であったりしても、あえてそこに視線を持っていかないようにしたり

見て見ぬふりしませんか。それはマナーというか暗黙の了解のような感じで。

 

なんとなくつらつら考えてみて

カメラの性能が良い(海王星力が強い・視る力が強い)ということと

カメラマンとしてのスキルは別物なんだな〜というのが

ぼんやりとした感想です。

 

海王星と土星についてはもう一つ書きたいテーマがあるのでそれはまた今度。

Posted by 八雲あかね at 19:49 | 星のこと | - | -

どんな出会いにも意味はある

水星逆行が始まっていますね。

ちょうど今は夏の連休中で、帰省したり親戚が集まったりして

思い出話に花を咲かせたりする機会も多いのではないでしょうか。

我が家も先日実家へ行ったとき、母がうちの子に昔のアルバムを見せていました。

息子も7自分が小さいときの写真は見たことがあっても

親(私)や叔父叔母(私の弟妹)が若いとき、子どもの時の写真は

見たことが無いので、興味深そうにながめていました。

 

***************

 

初めて本格的なホロスコープ鑑定を受けたとき

鑑定してくれたのは初老の男性だったんですけど、第一声が

「酒とか薬とかの依存症はないですよね?」と聞かれて

いきなり度肝を抜かれて、ありません、と答えると

おじさんはこちらを見ながら重ねて言いました。

「あなたはね、男をたくさん侍らせて貢がせて、もっと女を武器にして生きたほうがいいよ。」

 

頑張って作り笑いをしながら、

「あ〜いいですよね、そういう生活」とか答えながら、お腹では

(ふざけんな、このクソセクハラおやじ!)と悪態をついてました。

 

それまで星占いと言えば、雑誌の巻末に載っているもの程度しか知らなくて

山羊座の部分を読むと、真面目で堅実 みたいなことしか書いてなかったから

言われていることの意味がまるでわかりませんでした。

なんでですか?と聞くことも、そんなわけないじゃないですかと反論することも

できなかったことがとても悔しくて勉強してやる!!と決意しました。

勉強して知識を身につけたら、言われたことがいかに間違っているかを

理論武装して反論してやろう、と思ったわけです。

 

勉強してみたら、おじさんの言っていることが間違ってないとわかりました。

おじさんが読んだのは、私の太陽じゃなくて月のほうだった。

 

木星と海王星とでTスクエアになるズブズブの月⇒依存症 だし

2ハウスの山羊火星と太陽は、ばりばり稼ぐ男で

ホロスコープのてっぺん、MC・ドラゴンヘッドと合の獅子月⇒女を武器にして生きる

そういうことだったんだな、とわかって

怒鳴り込みに行かなくて良かった、と思いました。

 

あの時鑑定を受けてなかったら、あの時あんなにムカつかなかったら

私は占星術の勉強なんてしていなかっただろうし

今こうして占い師になっていなかった。

あのおじさんにはそれきりお目にかかっていないんだけど

間違いなく私の人生に強烈なインパクトを残した人、ということになります。

 

 

人間関係が大きく変化しようとしているとき

あっさりさようならできる人もいれば

なんとなく違和感があるけど、いろいろな理由やしがらみでもって

見て見ぬふりをしたくなるときもある。

そういう節目になると、私はこのおじさんのことを考えます。

会った回数や一緒にいた時間の長さと、影響の大きさは比例しないことを

改めて思い出すのです。

そして本当にご縁があれば、また何年後かにふとお互いの時間が交錯することも

あるかもしれない。実際そういうことを経験もしているしね。

 

水瓶座の満月から獅子座の新月、そしてこの水星逆行の期間は

こうやって思い出を反芻したり振り返ったりするのにいい機会なのではないかと思います。

 

 

Posted by 八雲あかね at 12:08 | 星のこと | - | -

明日は水瓶座満月

<訂正あり>水瓶座の満月でした!

 

明日、8月8日 03:10 水瓶座の満月です。

 

占い師としては、全体の意味とかを読んだ方がいいとわかっていますが

今回の満月は、私にとってとてもインパクトが強いのです。

 

 

 

月食を伴うパワフルな満月

ちょうど私のネイタル月の真上に太陽が乗る。

でもって、これは偶然なんでしょうけど

私の出生時間と満月の時間が同じ。

そのあたりの時間に台風もピークらしい。

 

何かあるというより

何もないわけない、という気しかしない。

 

なので、ここは配置やその意味について解説をするよりも

今日から明日にかけて私に(主に感情面で)どんな出来事が起きるのかを

ただ見て味わってみようと思います。

 

 

Posted by 八雲あかね at 09:07 | 星のこと | - | -

眠れる獅子を目覚めさせる

昨日の新月記事で書けなかったことを補足的に。

 

今回の新月は獅子座初期度数で起こり、

次回の新月は獅子座の終わり度数で、日食を伴って起こる。

そしてその合間に水瓶座の満月(太陽獅子・月水瓶)がある。

 

一応どの星座でも新月満月は等しく起こるわけですが

今回のように最初と最後がパチンときれいにはまることはめったに無いです。

それだけ「獅子座の意識やエネルギー」というものが大事ってこと。

 

太陽が獅子座にある、獅子座生まれの人はもちろん

太陽以外の天体が獅子座にある人は影響が大きいですし

獅子座の反対側にある水瓶座に天体がある人も同様です。

 

蟹座がみんな一緒で仲良しの世界観、

ちょっと表現が悪いけど、「ドングリの背比べ」のようなものだとしたら

獅子座は、私はドングリじゃなくて栗、私は松ぼっくり、と個性を主張すること。

集団の中から抜け出て、出る杭になる、ということです。

 

獅子座は固定宮なので、ここから大きく変化させるというよりは

固めていく性質です。

自分らしさやオリジナリティーや自分にしかできない何か

揺るがない信念や意思のようなもの。

 

 

そして、獅子座や水瓶座に天体が無いよ、という人にとっても

自分のネイタルチャートの上の獅子座や水瓶座が属するハウスに

影響がある、ということです。

 

昨日の新月で発芽させたことを次の新月までの時間をかけて

揺るがないものにしていく、そういうイメージです。

 

 

私の場合、獅子座は9ハウスから10ハウスにかけてあり

月が獅子、木星が水瓶にあります。

8/8の満月は、この獅子月MC合ー水瓶木星のラインで起こり

8/22の新月はプログレスの月と、乙女0度の天王星の上に乗る形です。

なので、こう在りたいという理想や信念みたいなものを

世の中に広め、仕事や肩書としていく、というような流れになるわけです。

 

8/25には逆行中の土星が順行に戻るので

この獅子座月間に自分を見つめ直し揺るがないものにするということが

土星が山羊座に移行する前の、最後の宿題みたいなものなのかもしれません。

 

 

Posted by 八雲あかね at 07:44 | 星のこと | - | -

素直に生きる方が結果占いも当たる

昨日は、東京からmaru先生に来ていただいて

『インド占星術』のセッション会でした。

 

自分が受けたとき、その情報量の多さや時期的な符号が合うこと

そしてスピっぽく言うとカルマ的なこと

こういう出来事があったというより、その時はこういう心理状態だった

みたいなことがすごく当たってて驚いたんですね。

で、例のごとく周りに言いふらしていたら受けたいという人が何人かいて

スケジュール調整とか会場の手配とかのご協力もあって今回実現しました。

 

インド占星術は結構濃いというか内容がみっちみちなので5人までねと言われてて

限界の5人やっていただいたわけですが

maruさんによると

「我が道を行くユニークな皆さんばかりで、元気が出ました」とのことで、よかった。

 

豊橋カレーうどんを食べて帰る、というミッションも遂行されたようです。

(画像はmaruさんのツイッターから拝借)

 

 

昨日受けてくださった方はみなさん、

チャートから読み解かれている人物像とご本人の間に違和感がない

つまり、そのまんまじゃん!っていう人ばかりでした。

そうじゃない人もいるんですか?と聞かれましたが、そうじゃない人もいます。

 

インド・西洋・東洋という占術に関係なく

命式やチャートに現れるのはその人の資質だったり

その人が持っている衝動の原風景みたいなものだと思うんですね。

これが好き、このほうが落ち着く、これが当たり前。という

いわば「こう生きたい」という衝動に、正直に突き動かされて生きている人は

星のセオリー通りに生きているということ。

親とか周りの人とか、自分の物とは違う型紙に沿って生きていると

型紙の生き方と本人の衝動の間にギャップが生じることになる。

それが生き辛さだったり、違和感だったりという形で現れるのかな、と思います。

 

 

私、いろいろ行動を起こす時に前もって占うっていうことはあまりしません。

(悪い結果が出ても、じゃあやめとこうというふうにならないからです・・・)

行動を起こして物事が動き始めて、そのあとから

これはこういうことだったのか〜ってなる。

今だって、予定よりうんと早く自分の仕事場をつくることになって焦ってるけど

ネイタルの2ハウス射手金星にt土星が合、そして牡羊座にいるt天王星が6ハウスからトラインで

まんま、お金の概念を書き換えするのと働き方を変えるタイミングってことです。

結局流れの通りになっていると信じられるから委ねられる。

 

占いでもヒーリングでもコンサルでも、何か人のセッションを受けたとき

「こんな風に言われるっていうことはそういうことなんだな」といったん全部を飲み込めるか

何を受けてもその時おもしろがるだけで、「あんなふうに言われたけど別にいいか」となるか

それでそのあとの変化や加速の度合いは大きく違います。

 

たかが占いされど占い(占いに限ったことではないですが)

同じ受けるならちゃんと大事に受け取っていただきたいな、と思う次第です。

 

Posted by 八雲あかね at 23:43 | 星のこと | - | -

2度目のサタリタについて考える

このところモヤモヤ感がまとわりついておりました。

特に親がらみで。

 

で、今朝雨森亜子さんの「サターンリターンを受けて立つ!」を読んで

胸にずきゅんと刺さるものがありまして

何だよ自分、人様にあれこれ言って、齢55にしてやっと親離れ?遅っ。

なんて一瞬がっくりした後、いや待て落ち着け、さすがにそれはないと思い直して

ふと、これが2巡目のサタリタなのでは?という気がしたのです。

 

サターンリターンと言うのは、生まれたときの土星の位置に

土星が再び巡ってくるタイミングで、だいたい28〜9歳くらいのときにやってきます。

一般的には親の価値観から脱皮して、自分で生きていく方向に舵を切るときと言われています。

 

土星の公転周期は28~9年。2回目のサタリタは56〜58歳くらいに巡ってきます。

私は今55歳なのでまもなく射程距離圏内。

正確には2020年の年明けがジャストタイムですが、

こういうのは向かってくるときの方がキツイと言うのがセオリー。

私の土星は山羊座にあるので、今年の年末にt土星が山羊座に入ったら

本格的に意識することになると思われます。

 

1度目のサタリタが親の価値観からの脱却がテーマだとしたら

2度目のサタリタのテーマって何なんだろう?

そう思って目の前の箱でググってみたのですが

「これまでの人生経験が実を結ぶ」とか「制限から解き放たれる」とか

あくまでも「そうであろう」という予想に基づいたものしかなく

私の場合はこうだった、が出てこない。

 

そういえば、このモヤモヤの発端は昨年末の誕生日に

「私はいつまで<娘>でいないといけないんだろう?」と疑問を抱いたことが始まりでした。

平均寿命が延びた現在、55歳というのは実に中途半端な立ち位置です。

妻であり母であるのは一般的ですが、親が長生きなら娘でもあるし

孫がいる人はおばあちゃんだったりもする。

会社員なら立派に勤め上げてそろそろ定年という時期。

 

親世代くらいまでは、家長制度とか兄弟間格差みたいなものがもっと明確だった筈。

財産は跡取りである長男が総取り、その代わり墓や親の面倒は全部見る、みたいな。

そしてその頃はきっと、子どもが結婚したら・会社を退職したら、親が一線から退いて

庇護する側からされる側になる、というラインも明確にあったんじゃないか。

 

今は面倒を看る義務も相続の権利も平等ということになっている。

全部がそうではないけれど、理屈としてはそういうことになっている。

 

自分のケースに当てはめて考えてみると

親が今の私くらいの年だったころは、「子供たちもやっと片付いて、楽になったから夫婦でのんびり暮らすわ。同居とか気を遣いたくないからしたくない。年より扱いしないで」というスタンスだったのが

そこから20数年たった今、父が亡くなって母が一人で暮らしているけど、そろそろあちこち悪くなってくるし心細い状態。

なんだけど、子ども(私たち姉弟)も20数年それぞれの家庭の暮らしやペースで生きてきてるから

誰がどうするかの探り合いみたいな感じになってるのが現状。

親の方も「決めたから看るんじゃなく、情で子供みんなに気にして欲しい」という理想があるみたいで。。。

 


子育てが終わって、会社勤めが終わって、いろいろなものから解き放たれる

という感じで迎えるサタリタが理想だとしたら、

親の価値観から抜けて一人前になったのち、再び向きあわされる(今度は庇護する側として)というのが一つの形なのかもな、と思う。そしてこれは自分一人だけでどうにかならないからこそ厄介でもある。

 

もっと言えば、老後は跡取りが責任をもって看る世代から、老後はしかるべき施設に入るのがデフォの世代の

ちょうど間にいるのが私たちの世代なのかもしれない(乙女冥王星だし)

 

実際のサタリタまでにどういう問題が起きて、そしてそれをどう乗り越えるか

本番はこれからなんだけれど、いろいろ悩ましい。

おまけに、自分がサタリタの時に息子を生んでるので母子Wサタリタっていうのもまた。

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 00:26 | 星のこと | - | -

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