薬師丸ひろ子かデューク東郷か

先々週〜先週にかけて、射手座生まれの方や

ソラリタで射手座や9ハウス強調の人と続けてお目にかかる機会が続きました。

 

9ハウスとか射手座には

精神性、向上心、向学心、グレードアップ 

みたいなキーワードがあるんですが

やりたい!と思ったことはどんどんやればいいよとお話ししたら

真面目なお客さんが「ちゃんと頑張ります」と仰るので

ちゃんとはしなくていいよ、という話をしました。

 

射手の向上心って、知らなかったことを知る喜びとか

できなかったことができるようになる喜びで

それを使って何かをする、というところまでは考えなくていいんじゃないかと思うんですね。

 

道を歩いていたら弓矢が落ちていた。

なんだろうと思って使ってみたら矢が飛ぶじゃん!おもしろいじゃん!となって

仲間の誰より遠くに飛ばせるぜ(競争心)とか

俺様の自己ベストをまた更新したぜ(向上心)とかを

純粋に楽しめばいいんじゃないかな。

 

そんなことができるならその能力を活かしてこう使おう は

山羊座の世界なので

何かの目的のためにこれをやる、というのは射手の火が燃えない。

 

『セーラー服と機関銃』でマシンガンを乱射して「カ・イ・カ・ン」というのが射手

長澤まさみとか橋本環奈とか、いろんな人が演じてるけど

世代的にはやっぱりこの人のバージョン

 

『ゴルゴ13』で一撃必殺で相手をしとめるのが山羊

というたとえ話が非常にウケたので、書いておきます。

 

私は金星が射手で、好きなものは好きだ〜意味はない!って燃えるけど

その後ろに山羊の火星太陽がくっついているので

でもやるからには爪痕は残すぜ!ってなる。

(なぜ男言葉なんだ??)

Posted by 八雲あかね at 10:17 | 星のこと | - | -

残したくない気持ちを整理する

昨日嵐の活動休止のニュースを聞いて

2020年に一つの時代が終わってしまうんだなと感じました。

 

もともと、2020年オリンピックが開催される頃は

冥王星と土星と木星が、山羊座でトリプルコンジャンクションするし

何らかの事情で開催できなくなるか、

無理無理開催した後経済的に破綻するかして

日本という国に一回強制終了がかかるんじゃないか、なんて

おぼろげに感じていたので

嵐の活動休止は、その「一つの時代が終わる」象徴ぽいなと思います。

 

 

 

ツイッタでは「嵐 活動休止」がトレンドの1位になったそうで。

今朝、テレビではそのニュースでもちきりで

ファンの人たちが嘆き悲しんでいる様子と共に

フレディやマイケルやプリンスのファンの人たちが

それでも嵐は生きてるじゃんとツイートしていたり。

 

そういう様子を流し見しているときにふと思い出したことがあります。

 

オフィスをオープンして間もない頃

スペシャルゲストさん(顔出し名前出しNGなのでこの表記で)の

お話会があったときに、参加者の皆さんに宿題が出されました。

「旦那さんの手を握って、目を見て、愛してる と言ってください」

 

人間には命の終わりがあるし、思っていることは伝えなければ伝わりません。

いつかは、と思って伝えずにいて、あの時言っておけばと思っても遅いの。

言いたいと思う人がそこにいるうちに

握る手が、見つめる目があり、想いを伝えられるうちに

ちゃんと言ってください。

 

その時の参加者さんは『チームアモーレ』として

後日メッセンジャーで報告&シェアをしたのですが

勇気をもって実行したことで、たくさんの気づきがありました。

(もちろん私もやりました)

 

 

やりたいことがあるなら

何かを好きという気持ちがあるなら

今、そう感じていることをやってみたり楽しんでみたり

 

無かったことにしたり、後回しにしたりしないで

思い切りやりきってみたらいいと思います。

 

『死ぬまでの間に、残しておきたくない気持ちを整理しておくといいですよね。会っておくとか、話しておくとか』

これは樹木希林さんの言葉ですが

この頃本当に強く強くそう思います。

Posted by 八雲あかね at 19:33 | 星のこと | - | -

強さと弱さ

今日友人と話していて

困った人とどう付き合うか?という話になりまして。

 

私もこういう仕事をしているし、友人も媒体は違えど

だいたい同じような(海王星を使う)タイプの人たちなので

うっかり気を抜いていると困った人たちがくることがあります。

 

お客さんはいいんです、まだね。

対価が発生するので。

一番厄介なのは「知り合い程度」のくれくれちゃんです。

 

質問にこたえてくれくれ

相談に乗ってくれくれ

高度な変化球として褒めてくれくれ っていうのもある。

 

質問されたとき、相談をもちかけられたとき私は

「友人としての答えが欲しい?占い師としての答えが欲しい?」と尋ねます。

友人としてなら「好きなようにしたらいいよ」

占い師としてなら「料金が発生するけどいいか?」

これでだいたい話が終わります。

 

あと私は意地悪なので、相手が一番言って欲しいであろう言葉は

あえて言わないようにするかな。

期待に応えなければ、くれくれされずに済むから。

 

聞く方はこれくらいいいじゃん、なのかもしれないけど

時間やエネルギーを使わされる側からしたらたまったもんじゃない。

 

というようなことを話していたら

あかねさん強いね、それくらい強くなりたいって言われたんですが

その時私はまったく逆のことを考えていました。

 

そこまで強硬な態度を取らないと、相手に領域を侵食されると思ってるから

それがとてもそれが怖いから、強気にいくんだろうな〜と。

本当に強かったら、何が来ても何をされても意に介さないんだろうな、と。

 

だからこれから目指すのは、柔らかく受け流せてスルスルっと身をかわせるようになることかな。

いろいろ『どっちでもいい』と思えるようになったら

もっと軽くなるのかも、という気がしました。

 

でも、キレている私ははたで見ている分にはすごく面白いらしいので

そういうキャラはなくならないです、きっと。

 

Posted by 八雲あかね at 19:48 | 日々の徒然 | - | -

今を生きる よりよく生きる

昨日は豊橋のかぁやん商店さんで『陽転お茶会』でした。

 

豊橋というか東三河の土地柄なんだろうと思うのですが

地元で生まれ育った人が多い場所は他所の人をすぐにはコミュニティに入れない

という閉鎖性がある代わりに、だれか仲間内の人が「いいよ!」といった人には

ものすごくオープンに迎え入れてくれる場所だと感じます。

だいたい「〇〇さんが良いって言っていたので一度会ってみたかったです」と

来てくださる方が多い。

私が住んでいる岡崎は西三河になるのですが、こちらとは何かちょっと違います。

違いの面白さや、受け入れてくれる人がいる幸せをいつも感じます。

 

 

前にもちょっと書いたことがあるのですが、

昨日のお茶会でも、「前に違う人から〜〜と言われてずっと気になっていました」と

仰る方がいらっしゃいました。

ものすごく不安になってしまったんだろうと思うと同時に

そうやって誰かを不安にさせている人に対して怒りを禁じ得ませんでした。

 

これまで何人かの人に「算命学って寿命がわかるんですよね?」って聞かれたことがあります。

もしかして偉い先生に師事したら一子相伝的に教えてもらえるのかもしれませんが

私はそれは知りません。

仮にこの先それを知る機会があったとしても、

人の命に係わることは占いの禁忌事項だと思っているので

それをすることも、できるよと吹聴することもやるつもりはないです。

 

算命学の勉強をしていて本に書いていることをそのままあてはめると

身も蓋もないことばっかり書いてあって

これじゃ何もない普通の人を探す方がよっぽど大変だ!と思った覚えがあります。

(余談ですが、私の場合は普通の結婚をすると夫に異常が出るとか

親に大切に育てられると障りが出るとか、離婚又は死別によって運気が上がるとか

書いてあるよ)

 

算命学が帝王学として用いられていた時代は、そうやってたくさんの人の中から

もっともふさわしい一人を選び出していたのかもしれませんが

今はそういう時代ではありません。

 

占いの解釈は一つじゃありませんし、占い師も一人じゃありません。

自分がいちばんしっくりくる人を選べばいい、不安にさせる人の言葉にしばられなくてもいいです。

占いは呪いじゃなく、

どうしたら自分らしく幸せに生きられるのかそれを知るために使うツールです。

そしてそれを口にした相手がプロの占い師じゃないなら

聞く耳はもたなくてもいいと思います。

 

 

 

この年末年始、私はずっと死んでしまった人のことばっかり考えたり

聴いたり読んだりしていた挙句、自分が死ぬ夢までみて

なんでかなとずっと考えていました。

 

自分の母親が27歳で亡くなっていることもあって

幸せな人生だったのかな?悔いはなかったのかな?と考えてしまう。

人間は皆いつか死ぬ、これだけはどんな人にも平等に課せられた定めです。

だったらそれを精一杯生きることが、生まれてきた使命や意味なんじゃないか。

 

一生懸命生きるということ(それは好きなこと楽しいことだけして生きるという意味では無いです)

持って生まれたものを最大限に活かすこと

たくさんの人にそれを知ってもらうためのお手伝いをしていくんだな、と思いました。

 

死ぬとき後悔しないために本気で生きる、とか大げさだなと思いますが

私は太陽にトラサタ天体全部アスペクトしてるので

なんとなく幸せだ〜というゆるさがなくて極端な出方をするのかもしれません。

 

Posted by 八雲あかね at 00:25 | 日々の徒然 | - | -

そこに愛はあるか

私は自他ともに認める『熱しやすく冷めやすい人』です。

 

昨年末からは、手帳と万年筆とインク

(これいいな!とコレクションすることと

万年筆×インク×紙の組み合わせで字を書くことの両方)に

どっぷりはまっています。

 

加えて映画を観て以来Queen熱と。

「美女と野獣」の10回、「グレイテストショーマン」の5回と比べると

「ボヘミアンラプソディ」は2回しか観てませんが

youtubeとDVDとCDの再生回数からいくとダントツ1位かもしれない。

 

 

年末年始は、その「自分の好きなものたち」について

ネットでいろいろリサーチしたり読み漁ったりして過ごしたわけですが

そのときに強く感じたのが、今日の表題の「そこに愛はあるか?」です。

(某CMの大地真央さんの関西弁バージョンで)

 

万年筆について、Queenの楽曲について

もっと知りたい、手に入れたいと思ったもの(解説や文章)には

それが好きで好きでしょうがない!という愛があふれていたように感じます。

逆に、「いいんだけどここはちょっとね」みたいな書き方がしてあると

心の中で(おまえは〇〇星かよ!)と心の中でツッコミを入れたりしてね。

 

何かを好きになったり惹かれたりするってものすごく個人的な感情なので

同じものを好きであるべき、とか、一緒に楽しんで欲しいとかは思ってないです。

対象がそれぞれ違っても、「なにかを大好き!」という感覚だけ共有できれば、

最悪否定されなければいい。

 

それでも同じものに対して同じように愛を持っている人と語る楽しさは

また別格のものがあります。

昨日は「万年筆」や「インク」や「紙」が好きな人たちと集まって

一緒に文房具屋に行って商品をみたり

手持ちのインクやペンを見せっこしたり、という

超楽しい時間を過ごして来て、しみじみ幸せを感じてきました。

 

 

なんでこんなことを考えてるかというとこのブログも

今のところ主観まみれの文章は手帳や日記に書いて満足してしまってて

そうするとブログに何を書こうか。。。という状態で。

 

主観的なことを極力書かないで、客観的なこと役に立つことだけ書いたほうがいいのかなと思ったり

誰が書いても同じようなことだけ書いてあるブログが面白いか?と思ったり。

そういうのでちょっと迷いがあるからなんですけどね。

 

 

Posted by 八雲あかね at 14:51 | 日々の徒然 | - | -

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
2425262728  
<< February 2019 >>

Recent Entries

Categories

Archives

Profile