奪う?それとも循環させる?

FBで超ゆる募していた「私と何か交換して」企画終了しました。

 

結局、交換が成立したのは2名様でしたが

それぞれに楽しく豊かな時間を過ごさせていただきました。

ありがとうございます!

 

やりたい!って申し込んでくださっても、何していいかわからないからやめるという人もいたし

私一人でなんとかできない規模のことを求められてお断りしたケースも。

こちらのできることを、なんでもいいよじゃなく、具体的に絞った方がわかりやすいかも。

個人的には面白かったので、また気が向いたらやろうかな。

 

やってみて感じたことですが、その時間はとても豊かでした。

なんらかの技術や時間を提供する、その対価として何かを返す

それは技術かもしれないし、お金という場合もある。

金額以上の何かがそこにあった感じです。

ニトリのCMじゃないけど「お値段以上」の価値がそこには生まれる。

そんなことを感じました。

 

無料で提供するサービスってあるじゃないですか。

あれは、無料でも大丈夫な理由が提供する側にある。

宣伝のため、日ごろの感謝として、新しいメニューの手ごたえを見るために、

自信をつけるために。

万年筆で字を書きたいという目的のため(←これは私ね)

 

無料のサービスを受けることは悪いことじゃないです。

でも無料のサービスは受け取るけど、対価を払ってサービスを受けることはしない

というのは、まあ、損はしないけどそれ以上の豊かさは享受できないんじゃないかな。

出した以上のものは受け取れないと思うから。

 

お互いが相手に対して、ありがたいな嬉しいなお返ししよう、という気持ちでいると

そこにプライスレスの価値がどんどん乗っていく感じ。

鑑定料をおまけしたりみたいなことはしないけど、

やっぱり良くしてくれる人や、喜んでくれる人には

新しいメニューやWSを思いついたときに優先的に声をかけたりはするかな。

 

自分は何もださない、けれどもらえるものは欲しい、という在り方は

短期的には得しているように感じるかもしれないけど

長い目で見たとき、循環させている関係性の方が何倍も豊かなんじゃないか

そんな風に思います。

 

 

あとね、占いとかヒーラーとか、見えないものを仕事にしてる人と

友達になると何か得すると思ってるひとがもしいたら、それは違うよ。

 

友達として相談されたら「あなたがやりたいようにやればいいよ!」としか言わないし

同業の人同士でも、どちらかが一方的に相談もちかける、ってしない。

お金払うからやって、と言う。

お返しがお金じゃなくて、代わりにあれやって欲しい、みたいなことはあるけど

それは日ごろから相手の仕事を尊重して、お互い様と思っているから成立すること。

 

あかねさん何歳ですか?とかどうして占いやろうと思ったんですか?みたいな

世間話は答えるけど、今天中殺なんですけどどうしたらいいですか?とか

○星持ってるけどこれってどうですか?みたいなことは

有料ですけどいいですか。って言うよ。

お金を払って来てくださるお客様が、一番大事だし

そういう方たちに失礼になることはしたくないから。

 

友達でも友達じゃなくても、

知識や時間やスキルを持っていこうとする人より

尊重してくれる人の方を大事にしたくなるのは、当たり前のことだもんね。

Posted by 八雲あかね at 18:22 | 日々の徒然 | - | -

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