愛の大きさと形はひとそれぞれ

これから書くことは、鑑定でお客様に説明することが結構な頻度であることです。

(つまりそれだけの人数が苦しいと思ってるということでもある、かも)

優しくて愛情が深い人ほど、愛されなくて辛い、というお話をよく聞きます。

 

私たちの心とか愛情というものは目に見えないので、誰かと比べてみることができません。

基本はみんな「自分が普通。平均的」と感じていると思います。

だけど、個性が人それぞれ違うように、愛情の形も容量も本当は人それぞれ違う。

 

たとえば、西洋だと水のエレメントが少ない人と多い人

東洋なら禄存司禄を複数持ってる人と全く持ってない人とでは

「〜してあげたい」「〜されたらきっと嬉しいよね」という尺度が全く異なるんです。

コップが心、中の水が愛情と例えるとわかりやすいかな。

(そしてしつこく言いますが、大きいから良い少ないからダメということではないです)

 

 

コップが大きくて容量がたくさんある人が陥りやすい悩みとして

■相手のことを思って何かしてあげれば上げるほど嫌がられることがある

■自分のお世話が足りないからもっとやってあげなくちゃと思ってそうするとウザいと言われて避けられる

■私はこんなに〜してあげたのに相手が同じように返してくれない

■きっと私なんか愛されてない。。

 

コップ1杯の水、と言われたときに持っているコップの大きさとその中に入ってる水の量は違う。

180ccの水、と言われたら誰が持ってきても同じ量になる。

「絶対的」と「相対的」の差。そして心は「絶対的」な感覚でとらえるもの、です。

 

大きなコップの中の水を小さいコップに入れたらどうなるか?

水は溢れてこぼれてしまう → 重いと避けられる

小さなコップの水を大きなコップに移したらどうなるか?

一杯にならない → 同じに返してくれなくて足りない、悲しい

 

誰もみなコップの大きさは同じはずと思ってる。自分が持ってるコップの大きさは平均的と。

そうじゃないと知って欲しいんです。

 

でね、容量が大きい(=愛情が深い)ということはとても素晴らしいことなのだから

我慢したりなかったことにしなくていいんです。

たくさんの人に分けてあげて、そしてたくさんの人から返してもらえばいい。

 

2Lのペットボトルを一人の人の口に突っ込んで飲ませたら相手は溺れてしまうけど

10人の人に200ccずつ分けてあげたらいい、ということです。

 

そしてなぜか愛情深い人に限って受け取り下手だったりする、とも思います。

なんていうのかな、自分の欲しい形じゃないものは「愛」として認識しないみたいな感じ。

大好きな人から言われる「ありがとう」や「大好きだよ」以外は愛じゃないって思ってる人が多い気がします。

 

赤い♡以外は愛じゃないので受け取りません!みたいな。

そういって他の色や形のものを全部拒否!みたいな。

 

〇だって△だって□だって☆だって、全部受け止めたら心は満たされるのに。

いろんな色や形の愛を受け取ってみて欲しいです。

 

感謝されたとき、褒められた時

「そんなことないです」って謙遜(という名の拒否)をしないで

「ありがとう、嬉しい」と受け止めるところからやってみてはどうでしょう。

Posted by 八雲あかね at 09:24 | こんなことを考えています | - | -

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