縁は異なもの味なもの

こんにちは、八雲あかねです。

 

今度新城で開催される予定の「十二支と十二大従星」⇒

主催者さんがブログに熱い想いを書いて参加者を募ろうとした思惑がまんまと外れて

想いを吐き出す前に残席2になって焦る〜ということをFBに書いておられました。

 

占いにはまった経緯をブログに書かれているのでご紹介しますね。

人生、何が起こるかわかるものか

私もトナカイ好きだけど、負ける。。

やっぱりね、占いというものに足を突っ込む動機っていうのは人それぞれなんですが

切実さとか救われた感みたいなのが、圧倒的に違うんだなと思いました。

(私が占いを始めたきっかけは、ただ言われたことが悔しかったから言い返してやりたかっただけという薄さ・・)

 

今回の新城に限らず、今年天海玉紀さんを東京からお招きするにあたって

自分の中で決めていることがいくつかありました。

私がメインで主催をするんじゃなく、取りまとめの方をお願いして開催してもらうこと。

そうすれば、次回以降私を通さなくても新しいパイプができるから。

 

2月にこの企画を考えた時点で、開催場所とお願いする人は決めてました。

6月の豊橋は、「玉紀さんの鑑定が自分を変えるきっかけになった」と言ってくれた人に。

10月の名古屋は、場所を提供してくれたカフェのママさんが玉紀さんの大ファンでブログは全部読んでいると聞いたので、会わせてあげたら喜ぶかなと思ったから、いつも名古屋でのお茶会を企画してくれてお江戸にも一緒に行った人に。

11月の新城は、トナカイ好きでお江戸のイベントも羨ましいけどまだ子供が小さくて行けないというので、主催してくれるなら家に呼んじゃうよ、という感じで。

 

決めたのはなんとなくだったのに、自分で想定していない広がりになっていくのは不思議な感覚です。

 

生きてると選択の連続で、その時その時いつも何かを選んで生きている、意識していないだけで。

今日何を着る、ランチで何食べる、買い物するときだって白菜やお肉やみかん、どれにしようかなと選ぶ。

面白いと思うことに出会ったときそれをやるかやらないか、会いたい人に会いに行くか行かないか。

そういうことの積み重ねで私たちは生きているんだなと思うわけです。

(だから自分の人生の出来栄えは自分の責任だよ、とも強く思う)

 

いいことがあった時悲しいことがあった時、自分が何を感じてどう行動するか

その時にはわからないことが多いです。

結果は後になって思いがけなくわかったりする、あの時の〜〜がここに繋がるんだ!って。

 

私だって占ってもらってムカついたりしなかったら勉強しようって思わなかったわけだし

今回の主催のSちゃんだって悲しい出来事があって心に穴が開くような思いをしてなかったら

占いにはまることもなかったし、私にもあってないし、玉紀さんを家に呼ぶなんてことなかった。

そういう自分だって、ただ面白そう!と思って会いに行った玉紀さんと、

ここまでのご縁が繋がるなんて想像もしてなかったですから。

 

今目の前にある人や出来事が、後でどんな形で返ってくるかはわかりません。

わからないから人生は面白い。

 

 

今年はなんだか、あの時の〜〜がこうなった。という結果を見せられたリ振り返ったりすることが多い気がします。

2016年は数秘で言う9の年、終わりやまとめをあらわす意味合いがあるからかな?

ここまでの何年かで自分が体験してきたことが、何らかの形になるタイミングかもしれません。

ってことはまた来年からまた新しい種まきをせっせせっせとするのかも、ですね。

 

 

Posted by 八雲あかね at 23:49 | 算命 | - | -

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