ダブルベッドで寝る時は配慮が必要

人が生きていくとき、誰かほかの人との関係って大事です。

 

私は中心星が貫索だし、ホロスコープの西側がすっからかんで

あまり「他人」を意識しないで生きているけど

それでもこの世界でたった一人で生きていくのは不可能です。

(ライフラインが保証されていたら一人でいいけど、そのライフラインを維持してくれる誰かは必要、ということ)

 

友達とかだったらお互いが各自のテリトリーで好きなことしていてもいいけど

親子や夫婦のように近い関係だと、同じテリトリーを共有しなくちゃいけないわけです。

そうすると、自分の好きなことだけやりたいようにだけやっているとぶつかることがある。

 

例えていうなら、旅行先とかでツインのベッドに寝るならどんな寝相であろうと

毛布を蹴飛ばそうが独り占めにしようが問題ないけども

ダブルベッドで寝る時はそうはいかない。

片方だけが真ん中に大の字で寝たり、布団を独り占めにしたら相手が困る。

自分の居場所を確保しつつどの程度までなら譲り合えるか、

攻防というか歩み寄りは必要だよね、ということ。

 

 

算命では『剋されている星が才能』といいます。

特に東(社会)の星が中心星を剋していると社会性があると言われます。

世の中は自分の思い通りにならないこともある、というのが当たり前の感覚だから。

逆にいうと剋す星を持っていない人は、思い通りになるのが当然という感覚ということ。

 

剋す星を持っていない同士だと、お互いに

「こっちの要望が通って当たり前、聞いてくれない相手が悪い」という

我の押し付け合いになったりすることもあるわけですね。

意思の疎通がうまくいかないと悩んだとき、星の相関関係だけでなく

このようなパターンに陥っていないかというチェックも時には必要かもしれません。

 

 

Posted by 八雲あかね at 17:16 | 算命 | - | -

基本だいじ

こんにちは、八雲あかねです。

 

先日のお茶会の時に「値上げしたら?」と言われました。

最近は初期のころに比べると内容盛り盛りになってきてるから、らしいです。

 

自分の中でのお茶会の位置づけは

算命知ってもらえたらいい

自分を知るきっかけになったらいい

他の人と違う、違っていいを知って欲しい

みたいな場なので、値上げは考えてないです。

が、内容は少し整理しようかなと思っています。

 

 

この前は質疑応答の時間に、自分の星図のなかの相生相剋が大事

という話で盛り上がりました。

 

自分の中心星と周りの星がどういう関係性か

相生が多いとどうなる、相剋だとどうなる、という話。

 

わかりやすいのは相剋ですが、矢印の向きがとても大事

自分の中心星がまわりの星から剋されているのか

あるいは逆に中心星が周りの星を剋しているのか、の違い。

 

基礎講座ではそのあたりしっかりお話するけど

そこまでガッツリ勉強したいわけじゃないけど

知っておくと楽しいくらいのライトな講座をまた企画しようかな。

 

東洋も西洋も、やっぱり一番大事なのは基本的なこと。

東洋なら、十干十二支と陰陽と五行の相生相剋

西洋なら、天体とサインとハウス

 

小難しい約束事とかアスペクトとかサビアンとか

そういうのももちろん必要だし勉強してて楽しいけども

やっぱり基本は大事。

Posted by 八雲あかね at 11:39 | 算命 | - | -

おっぴろげorパンツ重ね履き

こんにちは、八雲あかねです。

 

あっという間にもう1月も終わりですね。

 

2月は、というか正確には明日から

いろいろ企画していることが動き出すので

今お尻に火がついている!

 

 

今週は東京から「まるごと食堂maruさん」をお招きしてmaruさん祭り。

明日はセッション会です。(満員御礼)

大人気の自動筆記リーディングや、モニター中のインド占星術など

ワクテカなメニューを体験していただけます。

私も明日、皆さんのセッション時間が終わってからインド占星術のセッション受けるんです。

 

maru先生ったら焦らし上手♪

年明けすぐに「干支のお絵描き会」でご一緒したんですが

あかねさんお誕生日いつ?と聞いてアプリでチャートをチラ見し

「えっ!なんかすごい、でも言わない。当日のお楽しみね」なんていう。

メールでも、あかねさんのチャート面白いですよと煽られる

でも教えてはもらえない。

 

なに!なにかすごいの!?やっぱり変わってるの、私?と

期待が高まる高まる。

 

こう、ちらちらっと見せるようで見せない

クライマックスのタイミングで to be continued となるアニメみたいな

【含みを持たせる】、貫索の私には装着されてないスキルなんですよね。

そのあたり禄存をお持ちのmaru先生は実に上手に使われている、と思います。

 

ヌーディストビーチでおっぴろげ!の貫索と

パンツ重ね履きの禄存の違い、なのかな。

(これの元ネタは玉紀さんの「禄存司禄の会」レポの中に)

今年は禄存が回ってくるので、観察して真似っこしてみようと思います。

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 21:10 | 算命 | - | -

言葉はだいじ

こんにちは、八雲あかねです。

 

今日は算命の基礎講座でした。

 

最初に受けてくださった方は、算命はなじみが薄いと仰ってましたが

カラーセラピーで「キャメス」という手法をやっていらっしゃる。

キャメスは個性心理学(動物占いをもう少し細かく分類したみたいなもの)を

基本に使っているそうなので、すごく飲み込みが速かった。

 

そしてお二人目となる今日の生徒さんは

「やさしい算命学」「やさしい算命学おさらい会」「十二支と十二従星」を

フルで受講されていて、ある程度理解を深めている人だったので

3時間半でミチミチに詰め込んで1回で完了でした。

 

基本的なカリキュラムとしては3時間×2回で組んでいますが

このあたりは本当に個人差があって。

じっくり繰り返し反復して、何度も確かめながら進めたい人もいれば

基本的な手順や解説をした後は、自分で検証してアハ体験したいタイプもいる。

 

今日の生徒さんは、ある程度の基礎があるということや

「あぁぁこの先が知りたいぃぃぃ」っていう心残りを作るより

なんとなくわかった→わかったー! を自分で固めたい、脳みそが煮えるのが好きなタイプ

(私もそうなのでよくわかる)

希望があれば2回目は補習というか、ちゃんとできているかの検証のために使ってもいいですし。

 

 

やってみて感じたのは、

【学んで身につけたこと】を【別の誰かに教える】と【定着する】

というサイクルですね。

最初の講座の時にうまく出てこなかった言葉が、今回はスムーズに出てきたり

話している自分が、あ、そうかと気づいたりすることもありました。

 

そして【別の誰かに教える】ために一番必要なのは、【自分の言葉】なんだということ。

 

今回の資料は玉紀さんが作られたものなので、読めばわかるよっていうくらい

情報量が凄いんだけれども、

自分の中から出てくる(学びや実践によって培われた)言葉がなかったら

資料という骨格に肉がつかないんだな、と感じました。

 

考えたこと経験したことが自分の中で消化吸収されて言葉になるから

相手が一番理解しやすい表現が探せるのだろうし、

それがたぶん私の一番の強みかもしれません。

 

この面白さをもっとたくさんの人に知ってもらいたいです。

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 16:42 | 算命 | - | -

縁は異なもの味なもの

こんにちは、八雲あかねです。

 

今度新城で開催される予定の「十二支と十二大従星」⇒

主催者さんがブログに熱い想いを書いて参加者を募ろうとした思惑がまんまと外れて

想いを吐き出す前に残席2になって焦る〜ということをFBに書いておられました。

 

占いにはまった経緯をブログに書かれているのでご紹介しますね。

人生、何が起こるかわかるものか

私もトナカイ好きだけど、負ける。。

やっぱりね、占いというものに足を突っ込む動機っていうのは人それぞれなんですが

切実さとか救われた感みたいなのが、圧倒的に違うんだなと思いました。

(私が占いを始めたきっかけは、ただ言われたことが悔しかったから言い返してやりたかっただけという薄さ・・)

 

今回の新城に限らず、今年天海玉紀さんを東京からお招きするにあたって

自分の中で決めていることがいくつかありました。

私がメインで主催をするんじゃなく、取りまとめの方をお願いして開催してもらうこと。

そうすれば、次回以降私を通さなくても新しいパイプができるから。

 

2月にこの企画を考えた時点で、開催場所とお願いする人は決めてました。

6月の豊橋は、「玉紀さんの鑑定が自分を変えるきっかけになった」と言ってくれた人に。

10月の名古屋は、場所を提供してくれたカフェのママさんが玉紀さんの大ファンでブログは全部読んでいると聞いたので、会わせてあげたら喜ぶかなと思ったから、いつも名古屋でのお茶会を企画してくれてお江戸にも一緒に行った人に。

11月の新城は、トナカイ好きでお江戸のイベントも羨ましいけどまだ子供が小さくて行けないというので、主催してくれるなら家に呼んじゃうよ、という感じで。

 

決めたのはなんとなくだったのに、自分で想定していない広がりになっていくのは不思議な感覚です。

 

生きてると選択の連続で、その時その時いつも何かを選んで生きている、意識していないだけで。

今日何を着る、ランチで何食べる、買い物するときだって白菜やお肉やみかん、どれにしようかなと選ぶ。

面白いと思うことに出会ったときそれをやるかやらないか、会いたい人に会いに行くか行かないか。

そういうことの積み重ねで私たちは生きているんだなと思うわけです。

(だから自分の人生の出来栄えは自分の責任だよ、とも強く思う)

 

いいことがあった時悲しいことがあった時、自分が何を感じてどう行動するか

その時にはわからないことが多いです。

結果は後になって思いがけなくわかったりする、あの時の〜〜がここに繋がるんだ!って。

 

私だって占ってもらってムカついたりしなかったら勉強しようって思わなかったわけだし

今回の主催のSちゃんだって悲しい出来事があって心に穴が開くような思いをしてなかったら

占いにはまることもなかったし、私にもあってないし、玉紀さんを家に呼ぶなんてことなかった。

そういう自分だって、ただ面白そう!と思って会いに行った玉紀さんと、

ここまでのご縁が繋がるなんて想像もしてなかったですから。

 

今目の前にある人や出来事が、後でどんな形で返ってくるかはわかりません。

わからないから人生は面白い。

 

 

今年はなんだか、あの時の〜〜がこうなった。という結果を見せられたリ振り返ったりすることが多い気がします。

2016年は数秘で言う9の年、終わりやまとめをあらわす意味合いがあるからかな?

ここまでの何年かで自分が体験してきたことが、何らかの形になるタイミングかもしれません。

ってことはまた来年からまた新しい種まきをせっせせっせとするのかも、ですね。

 

 

Posted by 八雲あかね at 23:49 | 算命 | - | -

狐火

こんにちは、八雲あかねです。

 

昨日の夜、東京で開催される「算命学の基礎講座」で使う資料を

玉紀さんが送ってくださいました。

山羊冥王星+火星の馬力を使って渾身で作ったというその資料を見て

正直、「凄い・・」以外の言葉が出ません。

ボリュームも内容も。

 

これを使って学ぶのはどんな感じなんだろう、という私の龍高玉堂がうずうずするのと

内容の深さや意味を私なんぞがちゃんと伝えられるんだろうかという

怖いような感覚とが胸に迫ってくる感じ。

 

 

 

今日、友人のセッションを受けに行ってきたのですが

そんな胸の内をいろいろ聞いてもらっているうちに

不安が闘志に変わってきたように思います。

「私もっと本気出そうと思う」と言ったところ

「えー!?それ以上ぶっ飛ばしてどうする(笑)」と言われましたが

まだまだ全然本気でぶっ飛ばしてなんかいません。。

 

今回の火星冥王星の合は、深いところに火をつけてくれた気がします。

激しくはないけど消えない火。

 

 

セッションの最後にカードを1枚引きました。

 

『狐火』

吉にも凶にも転じる波乱の運気です。

あかき心(清らかな心)が福を呼びます。

 

だって。

 

自分ができることで、誰かが喜んでくれるのなら

それをただ一生懸命やる、それだけです。

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 23:27 | 算命 | - | -

新発見

こんにちは、八雲あかねです。

 

先日の「やさしい算命学」参加者の方は、禄存司禄比率が高かったのですよ。

 

自分の中心星が貫索ということもあって

(禄存司禄と貫索石門は相剋関係、それも貫索石門が剋す側)

お客様の比率としては少ないんです。

好きにさせて欲しい貫索からすると、ちょっとめんどくさい。。って。

 

でも、この前の講座の時、あれ?なんかこの人たち面白いじゃんって思いました。

玉紀さんがお話している間中、すごくリアクションする。

うなずいたり、笑ったり、驚いたり。ここはこういう反応するだろうなと

想定したとおりのものが返ってくる感じなんですよ。(特に禄存)

 

講座の後、個人鑑定の順番を待っている皆さんの話し相手になっていたのですが

ここでも禄存ワールド炸裂でした。

「10分遅れてきた間、もし面白い話をしていたらどうしよう?と思ったけど終わってからこの話を聞けて得したので元が取れた」とか

「あかねさんがブログで”禄存苦手”って書いてるの見て、すごくショックだったんですよー。でもネタとしていじってもらえるとヤッター!って思う」とか

もういろんな禄存語録が出るわ出るわ。

で、司禄の人はネタは振ってくれないけどずっとニコニコ笑って聞いてくれている。

次からのお茶会の時に、この話使わせてねと言ったら嬉しそうだったし。

 

 

算命の教えでは貫索と禄存は、陽と陽なので相剋が強くて

貫索と司禄とか、石門と禄存とかはもうすこし穏やかに作用すると言いますが

私の個人的な感覚だと、禄存はぶつかるけど理解できる、

司禄はぶつかり具合は少ないけど理解に時間がかかる感じがします。

西洋で表すと180度のオポジションが禄存で、150度のインコンジャクトが司禄。

オポは無視できなくて向き合うしかないけど、正面故にしっかり観察もできる。

インコンは、わかるけどストレートに理解しにくい。

 

例えば、禄存の人はお土産を持ってきてくれる時に

近所で評判のシュークリームを、美味しかったからみんなで食べましょう!って持ってくる。

司禄の人は、自分で焼いたケーキを、自信ないですけど美味しくないかもしれませんけどと言いながら持ってくる。

 

美味しいと思うものを美味しいと言ってほしい、はストレートですよね。

でも「自信ない」「美味しくないかもしれない」という人は、本当に美味しくないねって言われたいわけじゃなくて「そんなことないよ、美味しいよ」って言われたいですよね。

欲しいものは欲しいをストレートに出す方がわかりやすい。

あ、一応これはデフォルメして言ってるだけで司禄の人をdisってるわけじゃないですからね。

 

少なくとも貫索星の私にとって、

苦手だから距離を置いておこう→意外と面白いんじゃない?という変化は

格段の進歩であることは間違いないです。

 

 

Posted by 八雲あかね at 15:41 | 算命 | - | -

土剋水の会

こんにちは、八雲あかねです。

 

9月の8日は、東京に行って参りました。

前日までの天気予報では、8日の朝、東海地方に接近

その後お昼頃に関東に最接近、という内容だったので

実のところ気が気ではありませんでした。。。

 

当日は、曇っているもののほとんど降られることもなく過ごせました。

家を出て、また帰るまで1回しか傘を開かなかった、それも5分程度。

帰って来てから聞いた話では、昨日の三河はお天気が荒れて

激しい雷雨、落雷による広範囲の停電があったみたい。

 

天海玉紀さん主催の十大主星の会、これまでは同じ五行の星をとりあげて開催でしたが

今回はそのスピンアウト企画、まったくのクローズドでの開催でした。

テーマは「土剋水」メインテーマは「禄存VS龍高」

 

やー、面白かったですよ。今回は勉強しに行ったというよりは

リアルな龍高星と禄存星の観察をしてきた感じです。

 

龍高・玉堂は水の行の星、習得本能の星です。

参加者の方のお話で印象に残ったのは、誰かに何か言われたりして

悲しかったり腹立たしくなったりしても、最初に「なぜ?」と思うんだそう。

なぜこの人はこんなことを言うんだろう?という理解したい気持ちが先に立つ。

で、感情を発露しそこなって、胸の奥に溜まるんだけど言えない、言わない。

でも溜まった感情は解放されないので、あるとき溜まった分が噴き出すのだと。

 

私は北に龍高持ってるけど、基本的に言いたいことはいうのでそんなことない、

と思ったんですが、そういえば昔旦那に

「いつまでも昔のこと言うな」と言われたことがあった。

溜めてて言わないんじゃなくて、ケンカして怒ったりすると

前に同じような感情を味わったときのことが思い出される、というだけです。

そして今はそんなふうに蒸し返したりしないようになりました。

 

私の両親が中心星龍高(父に至っては龍高3つもち!)

全部は言わないくせに、後から文句言うっていうのがデフォだったわ。。

(今度の土曜日ヒマ?と聞かれて、用があると断ると、後からその時は親戚が来たので挨拶に来てほしかったとか。。それを先に言えと言うに)

 

土性の人の、とりあえず受け取っておくというのとはまた別の感じです。

土性の人にとっては、目的があることが大事で

水性の人にとっては、納得できる理屈があることが大事、なように思います。

 

 

そして禄存中心のmaruさんから、

「本来ブログなんて書きたくないけど、お客さんを呼ぶという目的があるからできることで、個人の事情のようなことは書かないし

どうやって書いていいかわからない」

というご意見が出たところで、司会の玉紀さんが私に振ってきました。

(ここで貫索対禄存、木剋土のゴングが!)

 

以前参加した鳳閣調舒の会の時、あんこさんが

鳳閣はなんでも、自分の感情でさえも、客観視してしまう、と言われていましたが

貫索石門は主観です。私が私が〜という自己主張の塊。

 

このブログを読まれる方はご存知ですね。

ここに上がっている記事の大半は、主観でできています。

どんなイベントがあった、どんな仕事をしたか、みたいなことも時々書きますが

新月や惑星移動の記事に際しても、【自分にどんな出来事があってどう思ったか。】

これがすべて。

 

 

結局のところ、自分と中心星が異なる相手に対して

なんで〜〜なの?意味わかんない、みたいに思うのは無意味です。

だってこういう性質が当たり前だから、としか言えない。

 

木性は自己を、火性は感情や感覚を、土星は目的や対価を、金性は結果や評価を、水性は理由や理屈を

突き詰めていきたい、というのが基本的衝動で

自分の命式の中に、相剋を持っていれば矛盾や苦しさを感じることはあるだろうけど

無かったらわからない、というのが本当のところじゃないのかな。

 

十大主星を一通り学ぶことの意味は、

なるほど!違うのね、そういうのも有りなのねっていうのを知るため

それに尽きるのかな、という気がします。

 

 

私は今回の講座で十大主星の会、五行全部をコンプリートできましたけど

やっぱりこれはライブに限ります。

その場に立ち会っているからこそ受け取れるものが価値なんですよね。

本に書いてあることや、ネットの情報より

生きている人から語られるちょっとした一言の方が深く深く

心に沁みて腑に落ちていくように思います。

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 20:09 | 算命 | - | -

剋すか剋されるか

こんにちは、八雲あかねです。

 

 

自分の命式の中に相剋(互いに噛み合わない、相反する要素)を持っていると

矛盾や葛藤を抱えることが多い、といいますが

『自分の中心星がまわりから剋される』のと

『自分の中心星がまわりを剋す』のとでは

在り様が全然違います。

 

理屈としては知っていて、わかっているつもりではいたけれど

実際に体感で納得するというのは、まったく別物です。

 

剋されるタイプの人は自罰傾向が

剋すタイプの人は他罰傾向があるように感じます。

 

一概にどっちが正しいっていう話ではないですけれども。

でも自分の命式の中に相剋があったら

その矛盾や葛藤をどうやって解消するか、向き合ってみた方がいいです。

西洋でもそうだけれど、ハードなアスペクトを持っていて

それに向きあえば、自分が問題や欠点だと思っていたことが

魅力や長所として使えるようになるのです。

 

 

最近同じようなパターンの人にお目にかかる機会が多いので

自分も向き合ったほうがいいテーマなのかな、という気はしています。

 

Posted by 八雲あかね at 22:00 | 算命 | - | -

歌うのがあたりまえ〜鳳閣・調舒の会〜

こんにちは、八雲あかねです。

 

今日は東京南阿佐ヶ谷のウラナイトナカイで開催された

『鳳閣調舒の会』に参加して来ました!

 

玉紀さん主催の十大主星の会、いつもは告知があって申し込みという流れですが

今回の会に関しては、8/11の開催会が事前申し込みだけで満席、というツイートに

キャンセル待ちでもいいから参加したい、というどなたかのつぶやきに便乗して

私も参加したいなーとつぶやいたところ、他にも乗っかった人がいて

じゃ、やっちゃう?的なノリで決まった会、なのですよ。

とってもスペシャルな会。

 

 

私は、中心星が貫索ということで

これまでにも「貫索石門の会」「禄存司禄の会」「車騎牽牛の会」に参加して来ました。

お気づきかもしれませんが、中心星と剋の関係にある星は意識がしやすいのです。

大げさに言うと自分にとっての異物だから。

西洋でも、スクエアやオポジションの星の方が意識しやすいのと同じ。

 

鳳閣と調舒は唯一自分の命式の中にないのでよくわからないのです。

本で読んだ知識じゃなく、そのありのままをこの目で見たかった。

みなさん、歌ったり喋ったりブログやツイッターで発信したり

楽しいからやってるだけ、理由なんてないよと笑っていました。

 

見たまま感じたままをただ出しているだけ、なんだそう。

 

会の終わりがけ、みんながめいめいにしゃべりだしたときに

私と同様鳳閣調舒をお持ちでない参加者の方に

「なんだかまとまらないけどいいんでしょうか?」と尋ねられたので

「誰も着地点を求めてない気がしますよ☆」と答えてみました。

とりとめなくまとまらない、でもいいじゃん楽しいんだし。っていうところでしょうか。

 

思ったのは、鳳閣調舒の人が「アウトプットが楽しい」のだとしたら

例えば龍高玉堂の人は「インプットが楽しい」

何が楽しいと感じるかが違うだけで、他の星の人は楽しんでないわけじゃない。

リアクションが薄いと言われる貫索石門は、自分が楽しめていればそれでOKなので

外に出さないだけで、感じてないわけではないのです。

 

そして鳳閣や調舒のみなさんは、何も考えずに楽しんでいるだけと仰るけど

いつもいつも自分を燃やして出し続けていることのしんどさ、みたいなものも

見せないけれどお持ちなんだな、というのもわかりました。

このあたりは、杏子さんのブログが参考になると思います。「初☆預言カフェ体験」

 

あとね、これは本題とはちょっと外れるかもですが、

上にも書いた通り、私は自分の命式に鳳閣調舒の成分がありません。

がしかし、「八雲あかね」という名前を付ける時に自分に足りていない火の要素を

補うという意味を込めています。

(わかりやすいところでは、「あかね」は赤く染まった太陽)

意識的に、赤やピンクやオレンジ色の小物を持つことで補強している面もある。

だから、先天的には持っていないんだけれども

後付けのオプションとして取り入れたり身につけたりすることは不可能ではないようです。

よくここまで笑うようになったねと言われて、そんなに笑ってなかったのかと驚くし

いわゆる「あかね節」っていうのはものすごくサービス精神で言ってるのだと

改めて腑に落ちた感じがします。

 

算命学では「無いものは無い」と言いますが

それでも自分の星とは違う要素が、年運や大運で回ってくるわけだし

意識してみたり使ってみたりすることで世界が広がります。

西洋だって、トランジットの影響を受けるしね!

自分を使って人体実験しているような感じですが、私にできるなら

他の誰かにもきっとできるんじゃないかなって、自信をもって言えると思う。

 

今日参加した会はこんなだったよ、というシェアはたぶんしないけど

お茶会や鑑定の時に説明するニュアンスとかが進化していけばいいかなというのと

「あかね節」は炸裂させていこう、と思った次第です。

 

そうそう、今日の会には愛知から参加した私以外にも

新潟や仙台からの参加者さんがいたり

ネットでお見かけしたことがある、という遠い(と思ってる)世界が

ちょっとだけ身近でリアルになった不思議な時間でした。

ありがとうございました!!

 

 

・・でも楽しく濃い一日はまだまだ続くわけで・・

Posted by 八雲あかね at 22:27 | 算命 | - | -

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