金の斧銀の斧

最近、いわゆる「視える人」にお目にかかる機会が多いです。

この間も話の流れで、オフィスを構えたことをちょろっと話したら

 

「その部屋、すごい加護を受けてるね」と言われました。

 

私自身は見える聞こえる系の感覚はないので、そういわれても

そうなんだ〜くらいの軽い気持ちで聞き流していたんですが

さっきふと思いついた。

 

 

最初に行った不動産屋さんで貸してくれる物件が見つからなくて

紹介してもらったら、いくつかの部屋の中からカードを引いたりして選びたいな〜なんて

浮かれた夢が粉々になって意気消沈して帰ってきたわけですが

そのときなぜか変なスイッチが入ったのも確か。

 

そのスイッチというのは

仕事をする・占い師である、ということを正直に申告すると条件が悪くなるのなら

あえてそこは隠さずに真っ向から提示して部屋を探そう。

自分が借りたいと思う条件(駅からの所要時間とか)も一切妥協しないで探そう

それでもし見つからなかったら、今じゃないとすっぱり諦めて

もっと力をつけて、貸店舗か貸事務所を借りて正々堂々と仕事してやる!って思った。

普通に「住む場所として」とか誤魔化して借りることは絶対するもんか!って。

 

もし私に、あるいは私が借りた部屋に何らかの加護があるのだとしたら

正直だったから、なんじゃないのか?と。

イソップ物語の「金の斧銀の斧」のお話のように

本当にやりたいと思ってるのか、どの程度の覚悟なのか

そんなのを確認するための誰かからの試験だったのかなって。

 

まあ、これは私の脳内妄想なので本当かどうかはわからないですけど

そう考えた方が楽しいですから。そして

『応援してくださっているなら仕事のほうもどうかよろしく!』とか

ちゃっかりお願いしてもいいかな、なんてね。

 

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 18:37 | 雑記 | - | -

仕事についてつらつらと

昨日自営の方とお話をする時間があって

仕事をするって、派手でキラキラしてるものじゃなくて

いたって地味なものだよね、という話になった。

 

こんな人と会った、こんなイベントやったという

華々しいことはほんの表面的なことで

毎日コンスタントに淡々と続けていくことの方が実は大変だし要だったりする。

私もイベント色々出たり開催したりしたけど、

準備に費やす時間や労力の方が圧倒的に多い。

その部分をちゃんと知らない・直視できないと続かないよね、って。

 

だからどんなに小規模であっても、自分が「仕事」というものについては

ちゃんと帳簿をつけてみるといいと思う。

特にモノづくりなどで、材料を仕入れるというプロセスがある人は

ストックしてある材料がどれくらいあるのか、作ったけど在庫としてある製品がどれくらいか

資産の棚卸をしてみるといいよね。それもできるだけシビアに。

特に主婦の人の場合は、そのお金が家計費と混ざっていないかどうかも

ちゃんと把握してみるといいんじゃないでしょうか。

 

 

好きなことを仕事にする、っていうのは

好きなことを好きなようにやったらそれが評価される、というのとは

ちょっと違うんじゃないかと私は思っています。

本当に好きなことを仕事にすると、やりたくないこともやらなくちゃいけなくなるから

他の仕事で収入を得て、好きなものは好きなままとっておく、という生き方もあっていい

 

私は器用貧乏なところがあるので、実のところ本当に好きなことって

自分ではよくわからない。

だから仕事は苦も無くできること、という基準でずっとやってきたところがあって

(適職・天職でいうと適職で仕事をするタイプ)

今でも事務仕事は苦にならずにできる。

 

もともと山羊子なのできちんとしてるところはあるんだろうけど

仕事モードになると10ハウスの乙女冥王星がスイッチオンになるので

やるならとことん細部まで気を抜かずに!ってなる。

帳簿つけとかも、やりすぎると収支を確認するという本来の目的から逸脱して

いかにきれいに帳簿をつけるか、というところに気が行ってしまい

勘定科目印とかつい買ってしまって本末転倒になることもある。

 

そういえば、この前の「開業とお金の話」の時

参考にと思って、確定申告書類のファイルを持っていってみなさんに見せたところ

税務署に勤務経験のある人から

「あかねさんのようにきれいに帳簿をつけている人の方がチェックを受けやすい」

と教えられてびっくりした。

なんでも、雑につけてるとチェックしにくいので税務署の職員さんも敬遠するらしい。

へー、そうなのか。

 

Posted by 八雲あかね at 08:57 | 雑記 | - | -

『名もなきお茶会』

昨日14日は、あかねオフィスオープン記念イベントの大トリ

甲斐叶子さんの『Love&Joyお茶会』でした。

ネーミングはキラキラ感満載ですが、実際は真面目な深い時間になりました。

 

というのも、突き詰めていくと自分が自分のことを好きになれないうちは

本当の愛ってわからないかもしれない、という話になったから。

長所も短所も含めて自分を受け入れられたら、

他の誰かのことも受け入れられるようになるけど

満たされないものを埋めてもらおうとしたり

条件だけを追い求めて行ったりするのは、本当の愛じゃないよって。

 

オープン記念の一連のイベント、お祭り感覚でやってましたけど

終わってみたらいろいろ本質的なことを掘り下げるような内容になりました。

(私の担当したやつが一番中身がなかった・・)

 

今年の秋に木星が蠍座に入り、年末に土星が山羊座に入ったら

表面的な華やかさや見栄えの良さよりも

自分にとって本当に大切なもの、揺るがない価値のあるもの に

目が向けられていくようになるのです。

 

 

 

話を戻して、

お茶会の後、叶子さんや残った参加者さんといろんな話をしました。

しんみりしたり笑ったりしながら

普段なかなか言えない弱さや迷いをそっと吐き出したり受け止めたり

なかなか濃い時間になりました。

 

そのときにふと思ったんですけど

鑑定やコンサルを受けるのとは全く別の

あかねに話したいことがある・聞いて欲しいことがある

そういう人が集える『名もなきお茶会』みたいなの、やろうかな。

話して楽になるならそれでいいし、そこから掘り下げたければ鑑定受ければいいし

ただなんとなく会いたいから来た、とかでもいいし。

 

他の人がいると話しにくい、という人は

レンタルあかねを利用してくれたらいいしね。

 

Posted by 八雲あかね at 17:26 | 雑記 | - | -

宿題の顛末

12日の「人生を加速させるお茶会」

宿題の結果が届いてきています。

実行して報告をくれた人、なかなか実行できません〜と報告をくれた人

報告の無い人、いろいろです。

 

宿題というのは

「旦那さんの手を握り、目を見つめて、愛しています。と言う」です。

 

正直なところ、旦那さんに「愛しています」と言ったから人生が加速するわけではありません。

これは魔法の呪文ではないから。

 

たとえばお茶を飲んでいるときに隣の席に座った人が

これ宿題だからやってね!と言って来たら、きっと実行しないし

むしろなんか変な人がいる、と思うだけです。

 

人生を加速させるお茶会なら、自分の人生に何か変化を与えてくれるかもしれない

加速させるためのアドバイスがあるかもしれない

参加者の皆さんはそういう期待をもって来てくださったはずで

この宿題が出たときも、正直なんでそんなことしないといけないの?って

思ったかもしれません。

 

ゲストさんがこの宿題を出された意図は

なにかきっかけが欲しいと思ってきたなら、

そこで言われたことをやってみる素直さとスピード が

人生を加速させるカギになるっていうことなんじゃないのかなと

私は受け止めました。

 

というのも、私も今年になっていろいろすごいスピードで動いていますが

自分が受けたいと思って受けたセッションで言われたことは

すぐにやってみたから、こんねにメキメキ変化したと実感しているのです。

(だからお茶会の名前を決める時そういう意図を込めたわけです)

 

もちろんやるのもやらないのも自由です。

 

ただ、実行した人たちの感想をまとめると

<できない、ムリだと思ったことをやれた自分>に自信が持てた

という人が多かったです。

 

後すごく印象に残ったのは

やると決めたら後回しにしないこと、というのと

そこに相手がいるうちに、見つめる目がある、握る手がある、伝える口があり、それを聞く耳があるうちに

ちゃんと言わないとだめだよという言葉でした。

 

それを聞きながら『最後だとわかっていたなら』という詩のことを思い浮かべました。

明日はないかもしれない。だから今日後悔しないように生きる。

 

宿題は私もやってみました。顛末はないしょです。

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 20:06 | 雑記 | - | -

『全米が泣いた』のその後

昨日の「人生を加速させるお茶会」

根底のテーマは断捨離でした。

 

参加者の方それぞれ「もういらないもの」が示されて、それを手放すという流れ

人によって、綺麗に収納されているけど要らないもの だったり

たくさん持っているけど捨てなくて良かったり

すごく大事なものを手放す(大きな方向転換をする)だったり

ご先祖様からのメッセージを受け取っている人もいました。

 

最初、ここにいる全員断捨離しなくちゃだめね、と言われて

あ、でもあかねさんはいい、と言われてちょっと安心したのですが

家に帰ったら特大のやつが待っていました。

 

 

今年の2月獅子座満月の日に

育ての母との養子縁組を解消する用紙を書いて渡したその夜に

もう子供のころのトラウマは手放してちゃんと自分のココロを思い出す時がきた

そう、あの『全米が泣いた』セッションを受けたのですが

(くわしくはこちら⇒満月おそるべし

昨日家に帰ったら、そのときの書類が受理された、という通知が届いていました。

 

 

提出日は7月1日の土曜日。

すぐに出さなかったのは母に迷いがあったのか

私の振る舞いを見て決めようという執行猶予のような感じだったのか。

提出日の7月1日は父の命日でもあります。

父の命日まで待って見切りをつけたのではないのかな、と。

あくまでも推測ですが。

 

生活は変わりません。

実家にはこれまでもお盆と正月くらいしか行っていないし

今年からはどうかな?来いと言われたら行くけど。わかりません。

 

私に向けて言われた言葉ではないのですが

ご先祖様からのメッセージ、改めて心に深く刻みます。

 

 

Posted by 八雲あかね at 17:05 | 雑記 | - | -

イメージと現実とのギャップ

明日から7月。1年の半分がもう終わってしまいました。

 

特に6月はいろいろありすぎて毎日超特急で

毎日「私は一体何をしているんだろう???」ってぼやきながら走ってる感じでした。

残り半年はどうなるのかな。

一説によると、私の人生はもっと加速するらしいのでのんびりはできないかもです。

 

 

さて。

 

仕事場を借りる時、

住居用ではなく「仕事場」として借りたい、ということと

職業は占い師であるということを

不動産屋さんにバカ正直に申告したわけですが

 

最初に行った不動産屋さん(担当は若い男性)では

「占いってどんなことをやるんですか?」と怪訝そうに尋ねられた挙句、貸してくれる部屋は無く

次に問い合わせた不動産屋さん(担当は若いお嬢さん)は

「占いって、どんなことをするんですか♪タロットとか?」というノリ

そして無事部屋が借りられると決まった時には

「どんなふうに模様替えするんですか?紫の布とかかける感じですか?」

目をキラッキラさせながら聞かれました。

 

残念ながらいたって普通のシンプルな(殺風景な)部屋ですが

ああ、世の中の人が占い師に抱くイメージってきっとそんな感じなんだろうな。

去年のイベントでコスプレしたような、あんなのをイメージされてるわけですね。

(そりゃー怪しまれて部屋も貸し渋るわな)

 

イメージって膨らむと際限がないので

必要以上に不安になったり過大評価したりしちゃうけど

実態がわかればそうでもないことって多いんじゃないかなと思います。

 

 

仕事場を作って、「あかねさんすごい!」って言ってもらうことがあるのですが

その人たちが 何を どう すごいと思ってるのかな?と考えることがあります。

 

今日来てくださったお客様もそうでした。

「あかねさんすごいですね。それに比べて私なんか全然だめだなと思いました。。」

なんておっしゃるので、内情を話してあげましたよ。

 

正直ね、今自分が回せるお金のことだけ考えたら、部屋なんか借りない方が楽ですよ。

家賃の分自分の小遣いや貯金に回せるわけだしね。

それでもやれたのはいろんな環境(夫の収入が安定しているとか、子育てが終わったとか、自分が働いたお金を家計に入れなくてもいいとか)があって、自分の収入で自分の経費が賄えればいいから

収入の比率からいえば、ちょっと背伸びして部屋を借りました。

 

自分でもすごいなと感心するのは、借りると決めてから実現するまでのスピードだけで

実際は何もすごくなんかないんです。

 

だから本当はこうなんだよ、今すぐは無理だとしても私と同じ年齢になった時にはきっとできるよ、ということを憧れの対象としてではなく、等身大の普通のちょっとだけ前を歩いている先輩として伝えたいと思ったのでした。

今度の「開業とお金のお話」もそのあたりのことセキララに語ろうと思っていますし

また別の機会も設けてもいいかなと考えています。

 

仕事をするっていうことは現実なので、夢や不安を膨らませすぎないで

そこにあるありのままの事実をちゃんと見ること、大事だと思います。

 

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 21:21 | 雑記 | - | -

準備完了!

いよいよ明日がオープンとなりました。

 

実は一昨日21日が、鍵の受け渡しと荷物の搬入日だったのですが

朝からまさかの暴風雨で、ほんと、どうなることかと思いました。

 

大きな家具は直接届けてもらうことにしてあったものの

あれこれ準備していた細かいものは、自分で運ばないといけなかったので。

 

ちょうど家から荷物を運び出して部屋に荷物を入れる時間帯が

雨が一番ひどいタイミングでした。

自分の家(2階)から駐車場、駐車場から部屋(3階)、ともにエレベータなしを

何回往復したことか・・・・

前日バスツアーで17000歩くらい歩いていたので、もう足パンパンでした。

 

幸い午後、家具の搬入のころには雨も上がって

諸々の組み立てや設置や段ボールの片づけまで、何とか2日間で完了しました。

自分用の椅子(山羊様椅子)だけ、お取り寄せでまだ届いていませんが。。

あかねさん、やればできる子です。

 

玄関入るとこんな感じ

   ↓

 

メインの部屋はこんな感じ

    ↓

 

棚に乗っているのは、敬愛するお師匠様から以前いただいた書

これを飾りたい、というだけの理由で棚を買った。

 

全体的にはこんな感じです。

東南の角部屋なので日当たりも風通しもいいです。

手前の部屋は今は何も置いてありません。

机をこちらに移動するかもしれないし、もしかしたらソファを入れるかもしれない。

使いながらカスタマイズしていきます。

 

ゆらさんが、「やることあるなら手伝うよ!」と陣中見舞いに来てくれましたが

もうすっかり片付いていたので、2人でお茶を飲みました。

家具がほとんどないので、意外に話し声が響くというのが本日の発見。

 

ここからどんな時間が紡がれていくのか楽しみです。

 

Posted by 八雲あかね at 13:52 | 雑記 | - | -

夫婦喧嘩からみえたこと

うちの夫婦、ふだんはほとんど喧嘩をしません。

例外は旅行に行ったとき。

だいたい3日目くらいで険悪な空気が流れます。

たいてい怒るのは私で、もう一緒に旅行なんてしない!と毎回思う。

 

今回、ハワイでもそうでした。

何か一つ大きな原因があって喧嘩が発生する、というよりは

小さい不満がいくつも積み重なって、3日目くらいにそれが爆発する感じです。

 

さて今回の旅行で喧嘩の引き金になったのは3日目の夕食をどうするか?でした。

何食べたい?と尋ねたら、「お母さんに合わせるよ」というので

ハンバーガーとかパンケーキくらいの軽いのにしようと言ったら

「どっちもやだ」という。で「肉が食べたい」と。

じゃあどこにする?と聞くと「任せる」というので、ガイドブックやスマホで調べていたら

TVをつけたのでカチンときて、「人に調べ物をさせてなにTV見てるわけ!?」と

ここで第一弾の怒りウエーブ。

 

とりあえず近くのショッピングセンターでレストラン探して、なかったらホテルで食べようということで出かけて行きました。

すぐ近くのSCには何軒かのレストランがあり、その中で夫がここがいいと選んだのは

「ストリップステーキ」でした。

想定した予算より高そうで一瞬迷ったけど、話題のお店だしせっかくだからと入ることに。

お願いすると日本語のメニューを持ってきてくれますが、会話は基本英語です。

何を食べるかメニューを見てあれこれ考えるわけですが、

夫は基本「これって何?」とか「1オンスって何グラム?」とか全部私に聞く。

オーダーも、「〇〇と△△と、◆◆」と私に言う。

だって英語できないし、とか何言ってるかわからないとかいうけど

それは私も同じなんですけど?とここで第2弾の怒りウエーブ。

 

帰り道、「次はどこに行こうかなー、NYとかいいよね」というので

行くのはいいけど、私に丸投げしないで自分でできることやってねと言ったらば

「えー、だって任せた方が安心だし楽じゃん」という。ここで軽いウエーブ第3弾。

 

極めつけは

「ハワイに来て食べた中で、昼にフードコートで食べた13ドルくらいのステーキが一番うまかったなー」と奴(すでに夫と呼んでない)が言ったとき。これで決壊。

 

もうさー、ツアー決めるところからなんでも人任せで丸投げで、わからないことは何でも聞けばいいと思って、自分で選んだことの始末もつけられない挙句文句言うって何なのもう!頼りにならないにもほどがあるでしょー。

 

旅行のレポを書くとき、この喧嘩の顛末も書こうと思ってた。

夫が頼りなくて、私ばっかり負担が多いって、私には落ち度がないでしょう?って。

 

ところが今朝PCを開いてツイッターを見たときに、こちらの記事のシェアが目に入り

読んだ瞬間シュルルっと凹む。。⇒引き寄せの法則?!からの「身強」論

 

 

なんでも私に決めさせて頼りにならない夫、と自分を正当化していたけれども

思うように決めたい、自分で仕切りたいのは私なのだ。

頼り甲斐のある夫だったらなんでも任せて安心できる、とうのは幻想に過ぎなくて

たぶん夫がどれだけ頼り甲斐を発揮したとしても

自分の意見が入っていないこと、選択権がないことにイラつくのは私のほうだ。

頼りにならないけど何も私の意見に口を挟まない夫であることを望んで

そういう夫婦関係を作っていったのも、他でもない私自身なんだ。

 

旦那さん頼りがいがあっていいわね、じゃない

旦那さんは頼りにならないけど、あかねさんはしっかりしてるわね

そういう評価を求めているのは自分。

この事実に気がついたとき、もう恥ずかしさでいたたまれなくなりました。。

 

夫婦喧嘩に限ったことではないのです。

先日きみまろ神社に行くとき、待ち合わせがちゃんとできるかどうか不安で仕方がなかったのも同じ原理

ちゃんとできてる状態が望ましいから、やったことのないことが不安でしょうがない。

 

おまけにもうひとつ

旅行が終わったら今度は仕事場の準備が待っています。

オープン後にはいくつかイベントの予定も入っています。

どう取りまわすか?それがずっと頭にあるのですが、これも同じでした。

 

自分の力量で全てを取り回しできるなら安心なのです。

でもありがたいことにいろんな人の協力で思った以上に反響があって

自分の想定を超えてきているのです、だから不安で仕方ない。

 

結局私はいろんなことをコントロールしたいのだと思います。

「自分で」「自分が」「自力で」

だから自分で手綱が握れるうちは余裕だし、それをこなせる自分カコイイ!くらい思ってるけど

キャパを越えたらもう一切手を出したくない。

コントロールしたい、コントロールできないことはやりたくない。

これが我欲でなくて何なのか。

「私は何も悪くないのに。」なんてどの口が言うかと。

 

そういえば昔務めていた職場で、コーチングのタイプ分けをしたことがあって

そのときは「プロモーター」という結果だったんだけど

どう考えたって「コントローラー」だよな、と今なら思う。

 

あそこに行きたい。これが食べたい。こんなことしたいって

自分一人の範疇なら別にいいんだよ。

知らない間に他人にもそれを求めてる(それも無自覚に!)

そういうのが所謂「圧」なんだろうな。

 

私は夫に「どうしたい?」とか「相談があるんだけど」とか言うけれども

向こうからしたら、どうせ何言っても聞かないんだし好きにすればよくね?って

まあ、ここまで投げやりにではないだろうけど、そう思っていることでしょう。

 

気づいてよかった。気づいたところでかわりゃしないだろうけど

知らずに振りまくのと、振りまいてるんだとわかったうえでやるのとでは

なにかが違うと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 20:30 | 雑記 | - | -

未知のことを怖がり過ぎない

今回の「日帰り弾丸ツアー」、実は私にとって初めてのことだらけだったのですが

そのおかげで自分の中で見て見ぬふりしていたことがいろいろ浮上してきました。

 

今回初めてだったこと

1.直前まで詳しい行先を知らなかった

2.高速で行くので待ち合わせはPA(下道からも行けるところ)

3.初めて会う人と一緒に行く

 

実はこの1〜3、単体なら何も問題なかった。誘ってくれた人に丸投げでお任せしておけばいいし、待ち合わせ場所もナビがあれば行ける。

ここで第4の項目が明らかになりました。

4.待ち合わせ時間は朝の4:30

 

ここで私のメンタルが一気に不安に飲み込まれることとなりました。まず起きられるかどうかの不安、4:30にはまだ一般の駐車場が開いているかどうかわからなくて、もし開いてなかったら高速に乗らないといけない、そのためには待ち合わせよりも余裕をもって出かけないといけない。

 

私、高速を自分で運転したことがなく、そのことも不安に拍車をかけました。

前日一緒に行く人に、大丈夫だろうか?と不安を伝えてみたら

「大丈夫ですよ〜、全部天に任せたらどうにかなりますよ」というので、納得半分あきらめ半分。翌日に備えて21時過ぎから布団に入って寝る体制を整えました。

 

が。。。眠れない。

考えないようにしようと思えば思うほど目がさえる。自分がここまでビビリだとは思っていませんでした。

最初は心臓もドキドキしていましたが、どうせ焦っても眠れないのは一緒なので、寝ようとするのは止めてじっくり考えてみることに。

なんでこんなに不安になるのか、それは自分がやったことない・想定していない出来事に向きあってるから。

自分でコントロールできない状況で身をゆだねるしかないのに、そこが自分にとって未知だから怖い。

 

私がこれまである程度ちゃんとして、大きな間違いをせずに生きてこられたのは

《果敢にチャレンジして勝ち取ってきたから》じゃなくて《失敗しない方を選んできたから》だ。

これは山羊座的なのか天禄的かはわからないけど、どうなるかわからないけどやってみようではなく

1位じゃなくていいから最下位にならない方を選択してきた結果に他ならないんだな、と思いいたりました。

 

もっと考えてみたら、結局生きるって初体験の連続なのに、知らないからできない、やったことないから怖いって言っていたら、この先なにもできないんだよね。特に昨今物事のスピードがぐんぐん速くなって気持ちが追いつかないことが多いから、今回の出来事は私が抱えていた「このままだとどうなっちゃうんだろう?」という潜在的な不安が現実化しただけなんだな、と気がつきました。

そしたらすーっと落ち着いたわけですが、その時点で時刻は0:30を過ぎており、眠くないしここから寝たら本気で起きる自信もなかったので、このまま寝ないで行くことにしました。

 

そして朝待ち合わせの場所についたら、一緒に行く友人からまさかの「今起きた」のメール。まじか!と思ったけど、ちゃんと同行する人と合流ができ、ちょっと遅れたけど友人も無事に合流し、楽しい一日が過ごせたのはブログの記事の通りです。

どんなに準備しても考えてもそれを軽く覆すような出来事は起きるし、今起きていない出来事に不安になったり、上手くいかなかったことにフォーカスするより、ただその時々を大事にすればいい。

どうにかなるさ、は、いい加減にしてもOKっていうことではないけど、所詮人間が考えることなんて知れてるし、自分でコントロールできるほど人生はちゃっちくないわけです。

 

人事を尽くして天命を待つというけれど、自分にできることを精一杯やったうえで肩の力を抜いていいということを教わったような出来事でした。満月なのか土星なのか(はたまた両方か)非常に射手的な意味がある気がします。

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 14:46 | 雑記 | - | -

主語は「自分」

今年になって、いろんな方に会いいろんなセッション受けてきました。

お正月に、今年はどんな年になるかな〜ってぼんやり夢想していたときとは

まったく中身も速さも違う(良い方に覆されてる)けど

ひとつだけ強く感じることがあるんです。

それは、

 

どんな人に会ってもどんなセッション受けても、それだけでは人生変わらない

 

っていうこと。

 

「〇〇さんのセッション受けたら△△って言われた〜」じゃないの

「〇〇さんのセッションで△△って言われたからやってみる、って自分が決めた」なの。

 

迷ったり不安になったりしたときに

誰かの意見やアドバイスが欲しくなることは

きっと誰にでもあるけど、肝心なのは

それを聞いて自分がどう思ったか・自分がどうするのか 

 

 

主語を「自分」にしてみること

とにかく何か動いてみること

これがすごく大事じゃないかと思います。

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 07:12 | 雑記 | - | -

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