気分次第

生きやすさも生き辛さも、それを決めているのは自分自身です。

 

この前ちょっとしたサロン的な場所に出かけて行ったんです。

いつも誰かしら知り合いがいるところで

その日もいろんな人が入れ代わり立ち代わりやってきて

おしゃべりを楽しんだり用事を片づけたりしてました。

 

その中にひとり、私のことを苦手にしている人がいて

私がそこに入って間もなくそそくさと帰ってしまいました。

「今日、このあとあかねさんが来るよ」と聞いた途端

すっと笑顔が引っ込んで、やだなーと言っていたと聞きました。

 

 

私は、その人のことは個人的に会いたいと思うほどではないけど

絶対会いたくない!とかではないので、その人が来るよと知らされていたとしても

偶然ばったり会ったとしても別に平気で感情が揺さぶられたりはない。

 

それで思ったのは

〇〇になったら嫌だという出来事や、会いたくない人など

排除したいものをたくさん抱えて生きている人は生き辛そうだな、っていうことです。

たまたま同じ場所に居合わせた、事実はたったそれだけのことなのに

ドキドキざわざわしてしまったその人と、何も感じてない私とでは

まるで違う印象の出来事として受け止められるわけですから。

 

 

その人のことを個人的に揶揄しているわけではないと前置きしたうえで言うと

排除したいものがたくさんある、ということは

その人自身もいろんなものを排除する生き方をしているのだろうし

自分が周りの人から排除されるのでは?という恐れを抱いているのであろうと推測できる。

要は、世界が敵または味方の二極で、安らがないだろうな。

 

潜在意識的に言えば、〇〇が嫌だ、あの人には会いたくないと思い続けることは

逆にその嫌な出来事や会いたくない人を引き寄せることになる。

つまり、いつも嫌だなという出来事ばかりおき、苦手な人だらけになる。

彼女の場合だと、仮に私がいなくなっても、今度は別の苦手な存在が現れるんじゃないか。

 

単に私が鈍感すぎると言ってしまえばそれまでなんだけどもね。

 

 

Posted by 八雲あかね at 15:05 | 潜在意識の話 | - | -

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