今の状況とか所感とか。

暑さ寒さも彼岸までと言いますが

秋分の日を過ぎて随分涼しくなりましたね。

 

今年はコロナという想定外のことが起き

これまでのやり方が通用しなくなることがたくさんありました。

仕事の仕方ひとつ取っても『お話会』『お茶会』『勉強会』という形式のものが

ことごとくできなくなってしまった。

 

今現在、お仕事に関しては

個人鑑定・ソラリタ鑑定・家族鑑定などの対面鑑定は以前と同じように承っております。

※直接お目にかかる場合は、マスクの代わりにフェイスシールドを装着します。

※基本は岡崎周辺。出張についてはご相談ください。リモートも可能です。

 

「陽転お茶会」は今のところ実施予定はありません。

状況的に密になっちゃうのでね・・・

 

講座形式の勉強会についてはいくつかテーマを温めているので

様子を見ながら少しずつ再開していこうかと考えています。


*****

 

4月から5月にかけての自粛期間、これからのやり方をどうするか模索した人は多いでしょう。

私は正直なところその期間は仕事どころではなかったのですが

それでも頭の中で、リモートメインがいいのか、動画配信などがいいのか考えたりはしてました。

 

6月になって少しずつ自粛が緩和されてきたときに

ソラリタの鑑定を待っててくださった人が何人か続いて

みなさん口々に「どうせなら直接会って聞きたかった!」と言ってくださった。

それが本当に嬉しかったんですよね。

 

夏の間も同じように来てくださるお客様は

「やっぱり直接会って聞きたい」と言ってくださる人と

そういう人からの口コミのお客様ばかり。

リモートの人も新規ではなく、転居して遠くなっちゃったからリモートや郵送でというパターンだし

最近申し込んでくれた人は、鑑定もそうだけど雑談もしたいと言ってくださったり。

 

コロナの影響で、これまでのように気軽にあちこち行って誰にでも会うというのは制限がかかる。

なんとなくですが、水瓶土星への予習として

他者との距離感やコミュニケーションの方法の書き換えをしているのかなと思う。

そんな中で、会いたいと思ってもらえる存在であることは

ものすごく大きな宝であり武器なんじゃないかと感じるようになりました。

 

そんなこんなで今の私は、あかねさん【が】いい♪と言ってくださるお客様を

大事にすることを基本に据えようと決めました。

(そういうお客様のことを心の中で「あかねーゼ」と呼んでいます)

 

Posted by 八雲あかね at 12:21 | 日々の徒然 | - | -

人っておもしろい

この前、病院で受け付けの順番を待っていたら

「もうずいぶん待っているのに呼ばれない」と窓口の女性に文句を言っているおじさんがいた。

窓口の人はその人の番号札を見て、

「担当の窓口で順番にお呼びしていますのでお待ちください」と対応した。

 

おじさんがその場からいなくなったと思ったら今度は

総合受付とか、お客様案内の係りの人と思われる女性を連れて戻ってきて

その人に「呼ばれないんだけど」と文句を言ってた。

 

おじさんなかなか納得いかないようで、聞いていたらどうも彼の言い分は

空いている(目の前に人が立っていない)窓口がいくつもあるんだから

そういう人がさっさと対応してくれよということを何度も言ってる。

 

ある程度以上の規模の病院は「外来受付」と「文書受付」と「精算」などの

業務ごとに窓口が分かれてるので、違う窓口では対応してもらえないし

時間帯や内容によって混む窓口とそうでない窓口があるんだけど

おじさんはそれに納得がいかないようだった。

手が空いている(ように見える)人がいるならさっさとやって待たせるなよ

そんな風に思ってるのかな、と想像しながらみてた

 

しばらくしておじさんの番が来て呼ばれたとき担当したのが男性だったんだけど

おじさん、ひと言も文句を言わなかったんだよね。

自分の番が呼ばれて満足したからなのか、相手が男だから文句言わなかったのか

それはわからないけれども。

 

***

 

別の日にドラッグストアで買い物してレジに並んだ時

1つだけだったし安いものだったからクーポンは出さなかったの。

そしたら店員さんが、今5%のクーポン出てますからお使いくださいって勧めてくれたので

スマホのクーポンのページを開いて見せたのね。

画面見た店員さんが、もう一つ使えるクーポンがありましたよと教えてくれて使ったんだけど

店員さんの対応がすごいなと心から思ったし、

そんな風に接客されて、お客として本当に気持ちよかったんです。

 

何が言いたいかというと

結局のところ人間性というものがものをいうんだということ。

 

最近いろんな場所でいろんな場面で見聞きする機会があって

立場とか職業とか持っているものとかを

削ぎ落していった後に残るのは、その人自身の人としての在りようなんだなというのを

改めて感じる今日この頃。

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 09:39 | 日々の徒然 | - | -

好きのものだけでまとめちゃう

ブログやSNSの使い方、みなさんはどうしていますか?

いろいろな考え方はあると思いますが

私は書きたいことによって分けています。

 

たとえばブログも、このブログがメインというか公の場という位置づけで

それとは別に個人的なことだけ書いているブログがあります。

 

インスタは今3つアカウントを持っていて

一つは「八雲あかね」として発信している場

一つは、毎日の晩ご飯だけ載せているもの

そして完全に趣味でやっていることだけ載せるもの

 

ブログもインスタも

最初は全部まとめていろいろ書いていたんだけど

あるときふと

占いのことが知りたくて検索してきたのに晩ご飯の写真ばっかり乗ってたら

あ〜あってがっかりするよな、って思ったんですよね。

もし自分が何か占いのことで調べたくてそのページに行って

占いのことが書いてなかったら、そういう人に仕事は依頼しないだろうなって。

 

逆に趣味のことばっかり載せる場所は

同じものを好きな人ばかりで繋がったらどんなに楽しいだろうって思ったんですよね。

私のことを知ってるけど、万年筆にはそれほど興味ないわという人に見てもらうより

私がどこの誰だか知らないけど、自分も同じの持ってます!とかそれ好きです!という

好きだけで繋がるのは本当に楽しいので、趣味のページに関しては何時間でも見ていられる(笑)

 

この前もお客様と話していて話題に出たんだけど

SNSに疲れてしまって、あまり見ないようにしてるという人結構多い。

それは結局、こんなの投稿してどう思われるかなと気にしたり

興味がないことも、知り合いがUPしてるからイイネしなくちゃ、みたいな

「しがらみ」がしんどいんだと思う。

 

知り合いに教えず、匿名で、自分の発信したいことだけ発信し

ハッシュタグで興味のあるものだけ集めて読む

SNSじゃなくてもいいけど、これ結構開放的です。

 

ちなみに下の画像は、それぞれのアカウントのトップページ

 

晩ご飯ばっかり

万年筆とインクのことばっかり

 

「八雲あかねアカウント」のインスタが一番更新頻度が低いのが

目下の課題。。

 

 

Posted by 八雲あかね at 15:44 | 日々の徒然 | - | -

改善か改悪か

9/5 追記

昨日悪口を書いたせいかどうかは不明ですが。。。

 

古い写真が保存されてるか確認したくて、もう何度目かの「Windows版iCloud」を入れてみたら

なんと!iCloudが使えるようになってました。

 

OneDriveとは別で動くようになったみたい

(前はOneDriveの中にiCloudがすっぽり入れられてる感じだった)

とりあえず、少しだけ使いやすくなりました。

 

*****

 

今日は集中して事務作業をする日で

いろいろ溜めていた書類を整理したり、新しい資料を作ったりしていたのですが

前に保存したはずの資料がどうしても見つからなくて

1から作り直す羽目になったりしてちょっと疲れました。

 

原因は。。。クラウド。

 

前のPCの時は、何か資料を作って保管するとき

クラウド(OneDrive)に保管するか、PCに保管するかを選べたんですね。

たとえばデスクトップに保存すれば、このPCのデスクトップにだけ保存されて

クラウドに保存されることはなかった。

 

で、新しいPCはクラウドがメインになっていました。

書類をデスクトップに保存したとしても、クラウドに共有される。

それに気が付かず、クラウドに保存する必要はないよねと

OneDriveに入っていたファイルを削除したら、

デスクトップに置いてあったファイルもそっくりそのまま消えた、というわけ。

 

PCが変わると、何かしら仕様が変わるのは仕方ないことだけど

この仕組み結構面倒です。

iCloudで写真共有していたのもできなくなったし。

バージョンが上がっていくたびに何か最低一つ残念な改悪が発生するのはなんででしょうね。

とりあえず、もう間違って書類をけさないぞっと。

Posted by 八雲あかね at 15:20 | 日々の徒然 | - | -

やりがちパターン(ちょっと毒)

満月前なので、いろいろ浮上してくるよね。

私にもこういうパターンを繰り返していた時があったので吐き出しておこう。

 

昔、お仕事経由で知り合い、仲良くなって友達になった人がいたの。

その子は面白くていい子だったんだけど、仲良くなるにつれて愚痴が増えていった。

近所の人には言えないから、職場では言えないから

あなたが聞いてくれて楽になる、ありがとう って。

 

最初はよかったけど、こちらもだんだん苦しくなってきちゃって

せっかく会うなら愚痴じゃなくて楽しい話しようよって提案したら

ああ、そうだよね〜ごめんね。と彼女は言い

そこから何度かは愚痴なしでお茶したりランチ行ったりしてた。

でも、あるときふと、愚痴を言わないでと伝えてから会う頻度が減ったなと気が付いた。

 

しばらく経って、また会う機会があって

彼女もいろいろ溜め込んでいたのか、その日は最初から愚痴と悪口ばっかりで

そのとき本当に堪忍袋の緒が切れるっていうか、コップの水があふれたように

めらめらと怒りが湧いてきて、キレてしまったの。

 

もういい加減にして。毎回愚痴ばっかり聞かされるこっちの身にもなって。

私のことをゴミ箱扱いするのやめて。毎回旦那さんの愚痴言うけど同じこと何度繰り返す?

自分を正当化してるけど旦那さん悪くないじゃん。

愚痴を聞く以外に私に用がないならもう会うのやめよう。

 

で、それきり会わなくなった。もう15年くらい前の話。

その人から去年、ものすごく久しぶりにメッセージが届いた。

お久しぶりです、元気ですか?あの時は本当にごめんなさい。って。

 

自分で何か気づいたのかもしれないし、私以外の人にも同じことをしてまたキレられたのかもしれないし

それはわからない。

そのメッセージに返信はしなかったから。

 

 

彼女の間違いは、たぶん自己肯定感が低くて

『大丈夫だよ、あなたは悪くないよ』と言われることで自分を満たしていたところと

こんなに悩んでかわいそうな私を邪険にするあなたはひどい人、という罪悪感をこちらに抱かせたこと。

構われる・関心を持たれる=愛 というような構図があったのではと推察する

 

私の間違いは、やっぱり彼女同様自己肯定感が低くて

頼られたら何とかしてあげないとという思考だったこと。

誰かに必要とされることで自分を満たしていたこと。

 

「助けてくれるよね?」と「助けてあげなくちゃ」はベクトルが違うようで

実は根っこは同じなんだな、と今ならわかる。

 

今はこういうこと随分減りました。

親身になって聞いてあげなくちゃ、というのがなくなったからだと思う。

正確に言うと

仕事として(対価が発生するなら)本気で聞くし

ただ吐き出したいなら、言うのは自由だけどアドバイスはしない

というスタンスを取れるようになってきたからかもしれない

(でも時々失敗するけどね)

 

***

困ってるの。悩んでるの。助けてほしいの。っていつも言っている人は

(もしかしたらそう言っているという自覚はないかもしれないけど)

かわいそうな私でいることで誰かの関心を引いたり、

構ってもらうことで、自分は大事にされていると確認をしてるかも。

これもいわば下からのマウントの一種で

 

それを助けてあげなくちゃ!と思う人は

誰かに必要とされることで自分の存在価値を確認してるところがあるのかも

1回2回はしかたないとしても、同じ人と何度も同じことをやっているとしたら

ある意味共依存みたいなものだから

ちょっとそのパターン崩した方がいいかも。

 

これを言うと冷たい人と思われるかもしれないけど、

困っている相手(それは人の場合もあるし動物の場合もある)に対して

何とかしてあげなくちゃ!!って過度に愛や熱意を注いでしまう人をみると

自分より可哀そうなものに向き合うことでしか、自分の幸せを感じられないのだろうかと思うことがあるし

「やってあげなくちゃ」の向こう側に(ダカラワタシニモオナジヨウニアイヲソソイデネ)という

暗い穴が見えるような気がすることがある。

 

 

Posted by 八雲あかね at 13:20 | 日々の徒然 | - | -

占いソフト

PCの調子が悪くなって買い換えたら、それまで使っていた占いのソフトが

新しいPCでは使えない、ということを以前書きました。

鑑定のご予約が入った時は古いPCを引っ張り出してきて使っていたんだけど

正直メンドクサイ。

それに機械も人間も同じで、使わないとどんどん衰えるのか

起動してソフトを開くのにすっごい時間がかかる。

 

なにより仕事じゃなくてもちょっと気になって調べたいということが

ちょいちょいあるから、そういうとき本当に不便。。

 

占星術のソフトは、昨日ふと思いついて調べてみたら

WEB版がリリースされていた!

自分で設定しないといけないのはちょっと面倒だったけど何とか使えるようになったし、

お客様のバースデータも、ファイルを上書きしたらそのまま使えた。

最新のアプリとかと比べると画面は荒いんだけれども

やっぱり慣れたソフトが使いやすいので、こちらは一安心。

 

残るは算命の方だな。。

 

こちらは前と同じものはもう使えないので

別のものを探すしかないけど、いろいろ使い比べてみて

後は機能とお値段の相談。

 

 

不自由といえば、新しいPCになってからiCloudがうまく機能しなくて

何度設定し直してもiphoneで撮った写真がPCに同期されない。。

しかたないので今はgoogleフォトを使ってるけど

ブログに写真載せたいときとかにひと手間かかるのでちょっと不便。

Posted by 八雲あかね at 08:42 | 日々の徒然 | - | -

本音で生きるのは自由だけど振り回されるのはごめんだ

しばらく前のことになりますが、友人と話しているときに聞かれました。

「直感で生きる派の人のことをどう思う?」

 

直感で生きる派というのは、

自分の気持ちとかインスピレーション、本音を大事にして生きる人たちのこと。

(↑これ、正直に告白するとちょっと揶揄してるというか、ディスっています。)

 

なんでも、セッションの予約当日に

「あ、違う予定入れちゃいました〜」

「今日気持ちが乗らないのでキャンセルします」

という感じで、5件くらい立て続けにドタキャンされたことがあったそう。。。

 

私は個人的に、直感で生きる派の人たちを否定はしないけど

自分とは交じり合わない文化の人たち、という認識でいます。

 

私は仕事でのドタキャンはないけど、プライベートでは何度か経験していて

昔は、そういうのおかしいよね?約束は守らないとだめだよね!と怒っていたけど

今はもう文化が違うんだからしょうがない、と思う。

だからといって、そういうのいいと思う!と肯定してるわけではないので

そっと3歩下がる、という感じかな。

 

自分の気持ちに正直に生きるって大事だし、

本音あってこその建前だとも思う。

ただ上にも書いたけど【文化】が違うので、

自分がいいと思うこと=相手もいいと思ってるわけではないという

認識は必要なんじゃないかしら。

 

例えば仲のいい仲間内で、

「今日は気分乗らないからやめとく、ごめんね〜」

「いいよー、気にしないで!」が通用するならやればいいじゃん、

だけど違う文化に持ち込むな、と思うわけ。

 

例えば、予約している美容院や歯医者さんが

今日は髪を切る気分じゃないのでお店休みます、とか

今日は海を見たい気分なので休診です とか

そういうことを言ったとき、ニッコリ笑って

自分と同じ感覚の人で嬉しい!と思えるかどうか。

 

 

 

自分の気持ちに正直に生きるっていうことは

その結果も含めて請け負う覚悟と責任を伴うんじゃないかと思う。

自分は、自分の気持ちを尊重する

けれど他人がそれをどう思うか(どう思われるか)はコントロールしない。

私の気持ちは、他の人も尊重すべき!って要求したり

自分はやるけど、人にされたら許さないっていうんだったら

それってただのエゴじゃん?

 

 

話は戻りますが、冒頭に出てきた友人は

「こういうこと(ドタキャン)は他人にいい顔して、

なんでもいいよいいよって言っていたからなんだよね。

それって、相手から”どんな扱いしてもいい人”と認識されてるってことで

結局自分のことを大事にしていないせいなんだって思った。」

と言っていました。

 

その後、キャンセルポリシーなどもちゃんと決めたそうです。

その結果離れていった人もいたし、それでも残ってくれた人もいたけど

仕事はやりやすくなったよ、だそうです。

 

Posted by 八雲あかね at 20:32 | 日々の徒然 | - | -

まぜるなキケン

1年ちょっと前から、万年筆と万年筆インクの沼にどっぷりとはまっています。

最初はとにかくいろいろな万年筆を使ってみたくて

いろいろなインクを使ってみたくて

あれも欲しいこれも欲しい!と書い漁って

ペンケース3つ分、36〜40本くらいの万年筆とインクを所有していたんですよ。

 

半年くらい経った頃から、量より質を求めたくなって

本数を減らす代わりに、本当に気に入ったものを持ちたいと思うように。

定期的に、持っている万年筆にどんなインクを入れたかリストを作るんだけど

20本からなかなか減らない。

普段よく使うのは5〜6本なのに、なんで減らせないのかなと思ってたんです、ずっと。

 

それが昨日の夜、突然はっと気が付いてしまった。

 

私は割とこだわりが強くて、万年筆の軸とインクの色を合わせたり

名前にちなんだ色のインクを(星座模様のペンに月夜という名のインクを入れるとか)

この組み合わせ!と思うものを作りたがる質がある。

だからものすごく書き心地がいい万年筆にそれほど好きでもないインクを入れてたり

すごく気に入ったインクを入れる軸がないから、新たに買い足したりしてたの。

 

インクはインクで、万年筆は万年筆で、それぞれ好きな順に並べて

好きのもの同士を組合わせればいいじゃん。

一緒にして考えるから迷うし

この組み合わせじゃなくちゃダメというのが

自分の作った「思い込み」「固定概念」だと気が付いたとき

目からウロコが滝のように落ちた(笑)

 

これだけあればいい。

 

そう気が付いて周りを見回してみたら

世の中には混ぜて考えちゃいけないのに、一緒くたにしてこじれてるものが多いことに

今更ながら気が付いちゃったわけです。

 

事実 と 感情

愛情 と 承認欲求

愛情 と 支配

謝罪 と 言い訳

 

よくある「仕事と私、どっちが大事なの!?」とかもそうだよね。

そもそも同じ土俵の上にない。

 

物事がこんがらがって、迷ったり答えが出ない時

もしかしたら混ぜなくていい(混ぜちゃいけない)者同士を一緒にして

どっちが良いかぐるぐる考えたりしてませんか?

 

みなさんのまわりにも「まぜるなキケン」あるんじゃないでしょうか。

さがしてみると面白いかもしれません。

 

分けて考えたら、答えはわりとシンプルかも。

 

Posted by 八雲あかね at 14:26 | 日々の徒然 | - | -

飴ちゃん論

緊急事態宣言が解除されて日常が戻りつつありますが

たぶん全く前と同じには戻れないと感じている人も多いのではないでしょうか。

 

感染が広がって自粛している期間は誰もが多かれ少なかれ

見えないウイルスに対して、仕事や経済的なことに対して

不安になったのではないかと思います。

 

 

人は核となる部分に本質とか本音を持っていて

社会性とか、マナーとか、常識とかと言ったものがその周りを

包んでいるようなイメージがあって

不安になったり余裕が無くなったりすると、周りを包んでいるいろんなものが削げて

本質がむき出しになるような気がします。

 

コロナを機に周りの人に対して

「あれ?この人こんな人だったっけ?」と思ったりしたことありませんでしたか?

それは良いギャップ(なんか見直した!)かもしれないし

悪いギャップ(幻滅)かもしれないけど

なんとなく感じたあれ??という感覚はたぶん間違ってないはず。

 

相手が善人か悪人かということじゃなく

あなたにとってどういう存在かという意味で、です。

 

飴をなめて、最後まで味が変わらないか

中にもっと甘いジャムが入ってるか

最後の最後に苦い何かが出てくるか、みたいな感じ。

これが人間飴ちゃん論

 

 

でも本質に苦い何かを持っているとしても

それに触れられるくらい近くに寄らなければ

お互い気まずい思いをしなくても済むわけで、

感染予防という目的だけでなく

お互いの心の安定のためにも、程よい距離感は大事ってことです。

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 21:22 | 日々の徒然 | - | -

やっと日常が戻ってきた

およそ1ヶ月ぶりに通常モードに戻りました。

 

今日から夫も会社へ出勤。

といっても今日は復職の手続きやら上司との面談やら挨拶で

仕事に戻るのは明日以降ですが。

 

ゆっくりゆっくり元のペースを取り戻してくれればいいなと思っています。

 

家族が

朝、行ってきますと出かけて行って

夜、ただいまと家に帰ってくる

こんな普通のことも、当たり前のことではないんだなと

いろいろ考えさせられる1ヶ月でした。

 

 

夫はTVっ子なので、家にいて起きてる間はずっとTVがついてるので

家の中に音が無いのも

1人だけの時間も、なんか久しぶり!っていう感じです。

 

とりあえず今日は、家中の窓を開けて掃除してやったぜ。

 

 

Posted by 八雲あかね at 12:45 | 日々の徒然 | - | -

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