通常運転再開しました

お休み期間終了しました。

 

おかげさまで、オフィスに関する手続きのあれこれ

毎年の確定申告の準備などの用事は全部片づきましたので

通常運転を再開しています。

 

とはいえ、1月から「オフィスの退去」のことばっかり考えてて

営業活動をしていなかったので本当にぼちぼちなんですけれども笑

 

 

何かを手放すのは恐いものです。

それが「自分を守るために持っていたもの」ならなおさら。

今年のお正月は、手放す決意とこれからどうなるんだろうな?という

漠然とした不安を抱いたまま迎えました。

でもこの感じには覚えがあります。

 

2015年のお正月。

前の年まで、誘われるままいろんなイベントなどに参加していたのを一切やめて

何の予定も入っていない真っ白な手帳を見て不安だった時と同じ。

無理やりにでも何か予定を入れた方がいいんだろうかと焦っていた覚えがあります。

でも、流れに身を任せようと腹をくくったら

「陽転お茶会」が生まれた、という経緯があり

その時と同じような空気感の中にいます。

 

だから今自分の手の中に何もなくても、慌てたり不安になったりしないで

できることをやっていこうと思っています。

 

オフィスを手放したので、イベント的なものは当分やる予定がないし

招致イベント的なこともやらないつもりです。

個人鑑定とソラリタ、あとは御用命に応じて陽転お茶会とか夢叶ブレスト

というシンプルなラインナップで当面いきます。

 

講座は、ここまでできるようになってもらいたいという理想と

これくらいの知識があれば良いというニーズとが

うまくかみ合ってない感じがしていて

ライトなバージョンとがっつりバーションに分けた方がいいのか

今ちょっと迷っているので、しばらくメニューから外します。

 

自分がこの先どういう立ち位置で、どんなお客様を相手に仕事をしていきたいのか

みたいなことをいろいろ考えました。

占い師という肩書がしっくりこない感じがして。

今何か具体的な予定やプランは何も無いので、今すぐどうこうはしないけど

名前もそうだし、このブログもそうだし

何かを変えるのなら全部まとめて変えたいと思っているので

その方向性を探りつつ進んでいきます。

迷った挙句に何も変えないっていうのもあるかもしれないしね。

 

少し前の風の強い日

部屋の退去が終わったお礼を言いに竹島に参拝に行ったときのおみくじ。

 

 

 

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 15:55 | 日々の徒然 | - | -

お疲れ様会

この前友人がインスタに投稿しているのを見てからずっと食べたくて

いろいろのことが片付いたらご褒美として食べる!と決めてた。

 

本日をもって借りていたオフィスの退去が完了しました。

 

引越しならそのまま移動させるだけだけど、そうじゃないので

家では使う予定のない家具をどうやって処分するかが一番大変でした。

リサイクルの家具屋さんは、査定に来たら即日持っていってしまうけど

買取ができないものは引き取ってもらえないので

あまり早く頼み過ぎてもオフィスが機能しなくなるし

ギリギリに頼んで買い取ってもらえなかったら対処できないし

そういうタイミングを計るのに骨が折れましたね。

 

最初に依頼したリサイクル屋さんは、来れる日が退去期限の前日だったので

さすがにそれは無理だろうということで

結局、以前学習机を処分してもらった業者さんにお願いしたところ

買い取れるものと処分するもので差し引き0円でした。

 

あとのものは自分でちょっとずつ運んだり処分したりしましたが

私一人が、仕事でだけ使って、生活もしていないのに

できるだけスッキリ使おうと思っていたのに

本当にたくさんのモノに囲まれていたんだなということに

改めてビックリしました。

 

たくさんの楽しい時間をありがとう。

水色とグリーンの間のような壁の色がすごく好きでした。

 

まあでも、諸々の手続きも済んだし鍵も返したし

あとは持ち帰ったもので処分するものをゴミの日に出すだけ。

確定申告の準備も先週のうちに終わらせちゃったし

12日までのお休み期間、まるまる自由に使えるじゃん!ということで

念願のいちごデザートを食べて、ひとりお疲れ様会やってきました。

 

ただ、やれやれ〜と気が抜けた途端に熱を出すというパターンになるので

そこだけは気をつけないと、と思っています。

(去年はこれくらいの時期にインフルに罹って大変だったし)

 

 

Posted by 八雲あかね at 18:08 | 日々の徒然 | - | -

強さと弱さ

今日友人と話していて

困った人とどう付き合うか?という話になりまして。

 

私もこういう仕事をしているし、友人も媒体は違えど

だいたい同じような(海王星を使う)タイプの人たちなので

うっかり気を抜いていると困った人たちがくることがあります。

 

お客さんはいいんです、まだね。

対価が発生するので。

一番厄介なのは「知り合い程度」のくれくれちゃんです。

 

質問にこたえてくれくれ

相談に乗ってくれくれ

高度な変化球として褒めてくれくれ っていうのもある。

 

質問されたとき、相談をもちかけられたとき私は

「友人としての答えが欲しい?占い師としての答えが欲しい?」と尋ねます。

友人としてなら「好きなようにしたらいいよ」

占い師としてなら「料金が発生するけどいいか?」

これでだいたい話が終わります。

 

あと私は意地悪なので、相手が一番言って欲しいであろう言葉は

あえて言わないようにするかな。

期待に応えなければ、くれくれされずに済むから。

 

聞く方はこれくらいいいじゃん、なのかもしれないけど

時間やエネルギーを使わされる側からしたらたまったもんじゃない。

 

というようなことを話していたら

あかねさん強いね、それくらい強くなりたいって言われたんですが

その時私はまったく逆のことを考えていました。

 

そこまで強硬な態度を取らないと、相手に領域を侵食されると思ってるから

それがとてもそれが怖いから、強気にいくんだろうな〜と。

本当に強かったら、何が来ても何をされても意に介さないんだろうな、と。

 

だからこれから目指すのは、柔らかく受け流せてスルスルっと身をかわせるようになることかな。

いろいろ『どっちでもいい』と思えるようになったら

もっと軽くなるのかも、という気がしました。

 

でも、キレている私ははたで見ている分にはすごく面白いらしいので

そういうキャラはなくならないです、きっと。

 

Posted by 八雲あかね at 19:48 | 日々の徒然 | - | -

今を生きる よりよく生きる

昨日は豊橋のかぁやん商店さんで『陽転お茶会』でした。

 

豊橋というか東三河の土地柄なんだろうと思うのですが

地元で生まれ育った人が多い場所は他所の人をすぐにはコミュニティに入れない

という閉鎖性がある代わりに、だれか仲間内の人が「いいよ!」といった人には

ものすごくオープンに迎え入れてくれる場所だと感じます。

だいたい「〇〇さんが良いって言っていたので一度会ってみたかったです」と

来てくださる方が多い。

私が住んでいる岡崎は西三河になるのですが、こちらとは何かちょっと違います。

違いの面白さや、受け入れてくれる人がいる幸せをいつも感じます。

 

 

前にもちょっと書いたことがあるのですが、

昨日のお茶会でも、「前に違う人から〜〜と言われてずっと気になっていました」と

仰る方がいらっしゃいました。

ものすごく不安になってしまったんだろうと思うと同時に

そうやって誰かを不安にさせている人に対して怒りを禁じ得ませんでした。

 

これまで何人かの人に「算命学って寿命がわかるんですよね?」って聞かれたことがあります。

もしかして偉い先生に師事したら一子相伝的に教えてもらえるのかもしれませんが

私はそれは知りません。

仮にこの先それを知る機会があったとしても、

人の命に係わることは占いの禁忌事項だと思っているので

それをすることも、できるよと吹聴することもやるつもりはないです。

 

算命学の勉強をしていて本に書いていることをそのままあてはめると

身も蓋もないことばっかり書いてあって

これじゃ何もない普通の人を探す方がよっぽど大変だ!と思った覚えがあります。

(余談ですが、私の場合は普通の結婚をすると夫に異常が出るとか

親に大切に育てられると障りが出るとか、離婚又は死別によって運気が上がるとか

書いてあるよ)

 

算命学が帝王学として用いられていた時代は、そうやってたくさんの人の中から

もっともふさわしい一人を選び出していたのかもしれませんが

今はそういう時代ではありません。

 

占いの解釈は一つじゃありませんし、占い師も一人じゃありません。

自分がいちばんしっくりくる人を選べばいい、不安にさせる人の言葉にしばられなくてもいいです。

占いは呪いじゃなく、

どうしたら自分らしく幸せに生きられるのかそれを知るために使うツールです。

そしてそれを口にした相手がプロの占い師じゃないなら

聞く耳はもたなくてもいいと思います。

 

 

 

この年末年始、私はずっと死んでしまった人のことばっかり考えたり

聴いたり読んだりしていた挙句、自分が死ぬ夢までみて

なんでかなとずっと考えていました。

 

自分の母親が27歳で亡くなっていることもあって

幸せな人生だったのかな?悔いはなかったのかな?と考えてしまう。

人間は皆いつか死ぬ、これだけはどんな人にも平等に課せられた定めです。

だったらそれを精一杯生きることが、生まれてきた使命や意味なんじゃないか。

 

一生懸命生きるということ(それは好きなこと楽しいことだけして生きるという意味では無いです)

持って生まれたものを最大限に活かすこと

たくさんの人にそれを知ってもらうためのお手伝いをしていくんだな、と思いました。

 

死ぬとき後悔しないために本気で生きる、とか大げさだなと思いますが

私は太陽にトラサタ天体全部アスペクトしてるので

なんとなく幸せだ〜というゆるさがなくて極端な出方をするのかもしれません。

 

Posted by 八雲あかね at 00:25 | 日々の徒然 | - | -

そこに愛はあるか

私は自他ともに認める『熱しやすく冷めやすい人』です。

 

昨年末からは、手帳と万年筆とインク

(これいいな!とコレクションすることと

万年筆×インク×紙の組み合わせで字を書くことの両方)に

どっぷりはまっています。

 

加えて映画を観て以来Queen熱と。

「美女と野獣」の10回、「グレイテストショーマン」の5回と比べると

「ボヘミアンラプソディ」は2回しか観てませんが

youtubeとDVDとCDの再生回数からいくとダントツ1位かもしれない。

 

 

年末年始は、その「自分の好きなものたち」について

ネットでいろいろリサーチしたり読み漁ったりして過ごしたわけですが

そのときに強く感じたのが、今日の表題の「そこに愛はあるか?」です。

(某CMの大地真央さんの関西弁バージョンで)

 

万年筆について、Queenの楽曲について

もっと知りたい、手に入れたいと思ったもの(解説や文章)には

それが好きで好きでしょうがない!という愛があふれていたように感じます。

逆に、「いいんだけどここはちょっとね」みたいな書き方がしてあると

心の中で(おまえは〇〇星かよ!)と心の中でツッコミを入れたりしてね。

 

何かを好きになったり惹かれたりするってものすごく個人的な感情なので

同じものを好きであるべき、とか、一緒に楽しんで欲しいとかは思ってないです。

対象がそれぞれ違っても、「なにかを大好き!」という感覚だけ共有できれば、

最悪否定されなければいい。

 

それでも同じものに対して同じように愛を持っている人と語る楽しさは

また別格のものがあります。

昨日は「万年筆」や「インク」や「紙」が好きな人たちと集まって

一緒に文房具屋に行って商品をみたり

手持ちのインクやペンを見せっこしたり、という

超楽しい時間を過ごして来て、しみじみ幸せを感じてきました。

 

 

なんでこんなことを考えてるかというとこのブログも

今のところ主観まみれの文章は手帳や日記に書いて満足してしまってて

そうするとブログに何を書こうか。。。という状態で。

 

主観的なことを極力書かないで、客観的なこと役に立つことだけ書いたほうがいいのかなと思ったり

誰が書いても同じようなことだけ書いてあるブログが面白いか?と思ったり。

そういうのでちょっと迷いがあるからなんですけどね。

 

 

Posted by 八雲あかね at 14:51 | 日々の徒然 | - | -

2019年もよろしくお願いいたします

あけましておめでとうございます

2019年もどうぞよろしくお願いいたします

 

 

今年のお正月は、年末に親戚の不幸があったり

年明け早々家族が体調不良だったりして

家でまったりのんびり過ごしました。

 

今年は、まだ時期は未定ですが

オフィスを手放して、自宅やカフェでの鑑定に切り換えるので

仕事のメニューなども一部見直しをしました。

 

「コンサル」と「レンタルあかね」はメニューから外しました。

講座はリクエスト開催のみにして、募集型は当面やらない予定です。

 

 

 

初夢ではないですが、先日「もうすぐ死ぬ」夢を見ました。

(死ぬ夢自体は逆夢で吉なんだそうです)

 

肉体的にも精神的にも穏やかで、ただこのまま眠らせて。。という感じで

声をかけられても反応せずに眠り続けると選択した時=死

みたいな感覚だったのですが、そのとき頭の中で、

私が死んだあとブログやSNSはどうなるのかな。消しておいた方が良かったかな

読んでもらえる方がいいのかな

という考えがよぎっていったのが妙にリアルで。

 

そんなわけで、ブログの記事もちょっと整理しましたし

FBは昨年より以前の記事は削除して

ツイッターはやめました。

 

何かを変える(やめる)のはちょっと怖い気もしますが

何年か前、もうイベントに出るのは止めると決めたときのお正月も

こんな感じだったな、と思い出しています。

手放すと入ってくるものがある、というのを一度実感しているので

思い切って流れに身をゆだねてみる1年にします。

 

 

Posted by 八雲あかね at 11:03 | 日々の徒然 | - | -

シンクロニシティ

誕生日ネタ、これで最後。

 

自分で作ったおみくじの、最後に残った1枚を自分用に引いて

よりによって一番最後まで書けなくて

やけに厳しいメッセージだな、と思った『美女と野獣』のカード。

いったい誰が引くのかなと思ってたものが手元にきたわけですが。

 

 

ふと、夏は何を引いたんだっけ?と探してみたら

ここで書いてた→最後の1枚

 

まさかの、同じカード!

 

えー!こんなことってある?

カードの説明をそのまま転記すると

人生に奇跡をもたらす愛の贈り物

今の状況から飛び出して自分の課題に向きあおうとするときによく出る

怖れを越えて大切なものをみる

自分の痛みや悲しみは愛によって満たされる

とあります。

 

自分で作ったおみくじ、2回続けて同じの引くって

こういうことが私にはものすごく大事な課題だってことだよね。

 

思い返せば去年の春、映画の「美女と野獣」を観て

あのときも何かが引っかかって結局10回も観てるんだったよ。

 

 

それと最後にもうひとつ驚いたことがあって。

 

先日、新地亜紀さんの「冬至のスペシャルヒーリング&メッセージ」という企画があって

冬至の日にヒーリング&大国主命様か須佐之男命様、どちらかからのメッセージ

あと、豊受大神様から冬至に食べるといい開運メニューとか

面白そう!と申し込んだんですよ。

 

で、いただいたメッセージがこちら↓

 

周りの事を気にしがちだな。

 だが決めるのは自分自身で、

 その選択の結果に責任を持つのも自分しかおらん。

 周りの言葉に左右されるよりも、

 自分がどうしたいのかをしっかりと自分で決める事が大切だ。

 

これをもらったのは冬至の前日で、そのときはそうか〜ちょっと意識してみようか

それくらいの感じだったんだけど

昨日おみくじ引いて、あれ?これなんか既視感があるけど?って思って

読み返してみたらこれ。

 

思わず新地さんにメールしちゃいました。

 

時系列としては

おみくじ作る(11月)→イベント申し込む(12/20)→メッセージ貰う(12/21)→おみくじ引く(12/26)

全く別のもの(と思っていること)が同じ結果になるとは。

本当に驚いた。

 

それだけ大事なことだから、繰り返し繰り返し

手を変え品を変え相手を変えて、私に送られてくるってことなんだと

しっかり心に刻んでおきます。

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 09:13 | 日々の徒然 | - | -

喜びを味わう

誕生日ネタの続きです。

悲しい気持ちを味わった経過はこちら→悲しさと向き合う

 

感情を帳消しにしないで味わう、と決めて一日過ごしたら

なかなかに面白いことが起きました。

 

*****

午前中、知らない番号からショートメッセージが届きました。

 

昔、カウンセリングの手法を学ぼうとしていた時があって

その時に通ったスクールの先生からで

名簿を見ていたら、たまたまお誕生日だったので

これもなにかのシンクロだと思いメッセージしました、と

温かい祝福のメッセージでした。

 

スクールに入校した直後に父が他界したので

目的は手法を学ぶ為だったはずが、結果的に勉強という名を借りた

カウンセリングセッションを受けに通っていた、ような感じだったな。

それを思い出したとき、本当に悲しいときに

いつもお世話になっているんだな、と胸が熱くなりました。

 

午後からのお客様からお花をいただきました。

 

オープンサロンなのにお客様が遊びに来てくれない、というのは

悲しみのひとつだったんですが

 

これも五黄殺の影響か、と思えば気が楽になりました。

思い返してみれば、部屋を借りたときに

『誰もが気楽に来る場所じゃなく、本気の人に来て欲しい私の聖域だから

サロンじゃなくてオフィスにする』とか

今から思えば、それって仕事場の設定としてちがってるんじゃない?という

意図をしてるところからもうおかしいんだけど。

(当時は大まじめにそう思ってた)

でも結局自分が意図したとおりになっているという不思議。

 

昨日も、私と同じように沼に潜るのが好きな人(沼人)が来てくれたので

存分に沼の話を楽しんだり、そこから自己開示をしたり

文字通りDEEPな時間になった。

狭く深くという、部屋に意図したとおりの結末。

 

 

彼女は絵を描く人なので、彩色用のインクをたくさん持っているということでしたが

昨日は筆記用インクの世界に誘ってあげました笑

 

帰宅後、FBを見たらたくさんのおめでとうメッセージをいただいていて

その一つ一つをゆっくり読んでお返事していたら

本当に幸せな気持ちでいっぱいになりました。

 

この「嬉しい気持ち」を「悲しさを消すための道具」として使わなくてよかったと

心から思った夜でした。

 

***

 

もうひとつ書きたいことがあったんだけど

長くなっちゃったので次に。

 

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 08:15 | 日々の徒然 | - | -

悲しさと向き合う

今日はオープンサロンでした。

 

年末主婦が忙しい時期&お子さんももう冬休みっていうことで

来てくださったのはお一人でしたが

それがまた私以上の沼人だったので、なかなかに

DEEPな話ができて楽しかったです。

 

今年のお仕事は今日で終わり。

明日からは主婦業(大掃除)が待っています。

 

*****

 

 

今日はどんな日になる?という質問をたてて朝一番で引いたカード。

ワンドの9「次の扉が開くとき」

 

正直言ってこのカードを引いたときはそういう気分ではなかったのですが

今日はどんなことが起きても起きなくても

頭で考えずに感じてみよう、と思いました。

 

今日は私の誕生日でした。だけど悲しかったんです。

 

先日「ボヘミアンラプソディ」を観て

サントラを聴いたり、youtubeで動画を観たりしているんだけど

聴けば聴くほど、観れば観るほど悲しくなってきてたまらない。

 

最初は、映画の中に描かれたフレディの苦悩に共感しているのか?

あるいは、動画の中のこの人がもういないことが悲しいのか?

と思ったけど、ちょっと違うみたい。

ダメ押しのように今朝は訃報の連絡をもらって

誕生日の朝なのに、私は何でこんなに体調も悪くて悲しいのかと

ちょっと腹立たしい気持ちになったり。

 

もちろん、朝からメッセージやプレゼントをもらったりして嬉しいことも

たくさんあったわけですが、

いつもだったら、悲しい気持ちの上に楽しいことを被せて中和させるというか

無かったことにしてしまうんだけど

↑のカードを引いたとき、今日はちゃんと

「悲しい気持ち」と「嬉しい気持ち」を分けて感じてみよう、と思いました。

 

 

あの映画を観て泣いたという人は多いと聞きます。

私の周りにも結構いる。

何かがその人の心のどこかに触れるのだと思う。

私の場合は「悲しい」という感情にピンポイントで針を刺された

そんな気がします。

 

映画を観てから曲を聞き出したにわかなので、フレディの死が悲しいんじゃないです。

それは単なるトリガーに過ぎません。

 

もう会えない。時が戻らない。触れられない。

もっとちゃんと向き合っておけばよかった。

そういう感情は誰にでもあると思いますが

私はそれをずっと押さえて無かったことにしてきました。

 

どんなに泣いても喚いても死んでしまった人は戻ってこないから

なかったことにしてやり過ごす、というのが一番楽なやり方だったから。

「悲しみ」という感情から目をそらさずにちゃんと悲しんで泣く

これが今回の課題だったんでしょうね。

 

悲しんだって仕方ない、誰も理解してくれない、じゃない。

今私は悲しい。悲しいから涙が出る。

そうやってシンプルに感情を出すのが一番の苦手で

一番必要なことだったんでしょう。

 

だいたい誕生日前後には何か大きな転機や不調が起きることが多いです。

大人になるとわかりにくいけど、

子どもは1年前の服はサイズアウトして着られなくなるじゃないですか。

古くなった殻は脱がないといけない、そういうことなんでしょう。

 

インナーチャイルドのシールで作ったおみくじ

最後の1枚は自分の、と決めていて

今回はこれが出ました。

 

最後まで言葉が浮かんでこなくて、やっと書けたと思ったら

今回やけに厳しいなと思ったやつが

まんまと自分の手元にやってきた、というオチです。

 

 

Posted by 八雲あかね at 19:17 | 日々の徒然 | - | -

オフィスのこと

先日、オフィスを手放すよ、と書いたところ

心配してくださった方もいらしたようでごめんなさい。


 

「五黄殺」と言われたとき、最初は来年がいい年なら

もうちょっと頑張って維持していってもいいかな、とか思ってました。

 

方災除けで猿田彦さんに行ったのですが

その帰りの電車の中で、なんであの部屋がないと困るのか

ぼんやり考えてみたんですね。

 

オフィスとして借りている部屋、ほんとに好きで

私にとってはとても居心地がいい場所なんだけども

正直、維持していくのがしんどいなと思うこともあって。

 

考えてみてわかったのは

私が後生大事に抱えていたのは

「自分の仕事場持ってるってすごいね」と思われたいとか

自分でコンサルとかもやってるのに売上を出せないなんて恥ずかしいとか

失敗したと思われたくないとか

そういうエゴや執着だったんですね。

 

と気づいて、怖いけどそういう執着はもう手放そうと思って

まわりの友人にはそういう話はしていたんです。

 

そしたら今度は息子が

「まだ正式に辞令出てないけど、3年間職場が異動になる」と言ってきました。

工場で夜勤のある仕事をしていたのが、夜勤の無い間接部門に行くらしい。

 

これを聞いて面白い!と思いました。

 

もともと、外に部屋を借りた理由は

家にスペースはあるけど、夜勤のある家族がいると先の予定が立てられない

というのが一番大きな理由だったんだけど、それがなくなった。

 

あの部屋のこだわらなくていいと決めた途端にこういうことが起きる(笑)

 

子供部屋をリフォームしてきれいにしてから、と思ってたけど

そんな見栄を張る必要もなくて鑑定だけならリビングや和室で十分できる。

折しも、今マンションの改修工事をやってるんですが

それも1月末か2月頭には終了するので、2月からは家でできる。

オフィスの契約更新が5月なので、長くてもそこで区切りがつく。

2月から5月の間でオフィスを手放すよ、といったのはこういう訳です。

 

オフィスを閉める日は、決まりましたらお知らせします。

イベント的なことは考えてないので、引っ越し後の告知になるかもしれませんが。

 

 

Posted by 八雲あかね at 08:12 | 日々の徒然 | - | -

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