人生を愉しむことは土星案件

え?ちょっと待って「遊びなのになぜ土星?」って不思議に思われるかもしれませんね。

順を追って説明しますね。

 

本来の土星は、枠組みとか制限、ルールや重しというような意味を持ちます。

出生図の中で、個人天体に土星が絡むと、だいたいはその天体の性質を抑えるという形で表れます。

制限やルールなんてあっても楽しくないから、無いほうがいい!と思うかもしれませんが

制限やルールがあるからこそ、その枠の中にいれば守られる、という見方もできます。

家庭という小さい単位から、学校や職場、社会全体という単位までその枠は様々です。

 

箸を使って一人でご飯が食べられる、ひとりで着替えたりトイレに行ったりできる

時間や約束の概念を理解して守ることができる。

これらすべて、躾けや教育という名の土星案件で

こういったことができていれば、困ることはないけど

できないと、家ではいいけど、社会生活を営む上ではいろいろ弊害が起きるよね、ということ。

 

土星の影響は小さいときほど大きくて、大きくなるにつれ緩和されていくことがほとんどです。

成長することで「ちゃんとできるようになること」が増えていくからです。

 

人は皆、28歳前後で最初のサターンリターンを迎えます。

親が作った枠や価値観から抜けて、自分の生き方を模索する

ひとりの人間としての自覚と責任を持つ、というのがこの時のテーマです。

 

そして次の28年が過ぎると、56歳前後で2回目のサターンリターンがきます。

自分がどんなふうに生きてきたかが形になり、結果が出る。

この時、自分が枠に入れられる側から、自分の枠を示す側に転ずるのだと思うんです。

わかりやすく言うと、こんな大人になりたい、と誰かを目指す側から

目指される側になる、ということです。

 

 

ちょっと前、友人に聞いたエピソードがとても印象的だったので紹介します。

(掲載許可はいただいています)

 

友人たちが、知り合いのお子さんがバイトしているお店に遊びに行ったそうです。

その子は何をしても、なにかに縛られたくない、自由でいたい

もっと自分に合った生き方が他にあるに違いない、と

次々に仕事や居場所を変える暮しをしていたらしい。

友人たちは、その子の生き方に説教や干渉をすることなく

ただ、その店で楽しく遊んで帰ってきたということです。

 

そしたら後日その子が、

「自由になりたくて定職につかないでいる自分は実はちっとも自由じゃなくて、

普段ちゃんと生きて、自分のお金で遊んでいる○ちゃんたちの方がよっぽど自由だと思った。

自分が年を取った時に○ちゃんたちのように心から楽しめる大人になりたいから

生き方を見直してみようと思う」と言ったそう。

 

楽しんで生きていない大人が何人も「ちゃんとしなきゃだめ」って説教するより

人生を謳歌している姿をそのまま見せることの方が

その子の人生には大きな説得力があった、ということです。

 

 

この前のジャケ写遊びのときも同じ。

FBの写真にはたくさんの人が共感してくれました。

裏も下心も何もなく、ただ自分たちが真面目に本気で楽しんだからだと思います。

 

40代後半〜50代になったら

自分がどう生きているかがそのまま社会に反映される

だからこそ、自分らしく生きる・楽しんで生きるということは

自分のためだけじゃなくて、後に続く若い人のためになることだな、と思った。

ていうか中年期以降の義務だね。

 

なんか年取るのも悪く無い、とか

あんなふうに年を取れたら面白そうだよねって

そういうばあちゃん目指したいよね。

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 14:33 | 土星の活用術 | - | -

奪う?それとも循環させる?

FBで超ゆる募していた「私と何か交換して」企画終了しました。

 

結局、交換が成立したのは2名様でしたが

それぞれに楽しく豊かな時間を過ごさせていただきました。

ありがとうございます!

 

やりたい!って申し込んでくださっても、何していいかわからないからやめるという人もいたし

私一人でなんとかできない規模のことを求められてお断りしたケースも。

こちらのできることを、なんでもいいよじゃなく、具体的に絞った方がわかりやすいかも。

個人的には面白かったので、また気が向いたらやろうかな。

 

やってみて感じたことですが、その時間はとても豊かでした。

なんらかの技術や時間を提供する、その対価として何かを返す

それは技術かもしれないし、お金という場合もある。

金額以上の何かがそこにあった感じです。

ニトリのCMじゃないけど「お値段以上」の価値がそこには生まれる。

そんなことを感じました。

 

無料で提供するサービスってあるじゃないですか。

あれは、無料でも大丈夫な理由が提供する側にある。

宣伝のため、日ごろの感謝として、新しいメニューの手ごたえを見るために、

自信をつけるために。

万年筆で字を書きたいという目的のため(←これは私ね)

 

無料のサービスを受けることは悪いことじゃないです。

でも無料のサービスは受け取るけど、対価を払ってサービスを受けることはしない

というのは、まあ、損はしないけどそれ以上の豊かさは享受できないんじゃないかな。

出した以上のものは受け取れないと思うから。

 

お互いが相手に対して、ありがたいな嬉しいなお返ししよう、という気持ちでいると

そこにプライスレスの価値がどんどん乗っていく感じ。

鑑定料をおまけしたりみたいなことはしないけど、

やっぱり良くしてくれる人や、喜んでくれる人には

新しいメニューやWSを思いついたときに優先的に声をかけたりはするかな。

 

自分は何もださない、けれどもらえるものは欲しい、という在り方は

短期的には得しているように感じるかもしれないけど

長い目で見たとき、循環させている関係性の方が何倍も豊かなんじゃないか

そんな風に思います。

 

 

あとね、占いとかヒーラーとか、見えないものを仕事にしてる人と

友達になると何か得すると思ってるひとがもしいたら、それは違うよ。

 

友達として相談されたら「あなたがやりたいようにやればいいよ!」としか言わないし

同業の人同士でも、どちらかが一方的に相談もちかける、ってしない。

お金払うからやって、と言う。

お返しがお金じゃなくて、代わりにあれやって欲しい、みたいなことはあるけど

それは日ごろから相手の仕事を尊重して、お互い様と思っているから成立すること。

 

あかねさん何歳ですか?とかどうして占いやろうと思ったんですか?みたいな

世間話は答えるけど、今天中殺なんですけどどうしたらいいですか?とか

○星持ってるけどこれってどうですか?みたいなことは

有料ですけどいいですか。って言うよ。

お金を払って来てくださるお客様が、一番大事だし

そういう方たちに失礼になることはしたくないから。

 

友達でも友達じゃなくても、

知識や時間やスキルを持っていこうとする人より

尊重してくれる人の方を大事にしたくなるのは、当たり前のことだもんね。

Posted by 八雲あかね at 18:22 | 日々の徒然 | - | -

ちょっと早いけど今年の振り返り

今日は午前中、気学の先生のところに伺ってきました。

来年のざっくりしたスケジュールを立てたくて。

 

来年は北東が○。でも今年のような大大大吉方というのではないそうで。

時期的には3月と12月。

でも北東方面で、その時期だと雪で行けないところもあって

そういう場合は、良くも悪くもない時期に行けばいいと言われ

 

たしかに算命の身弱・身強の話をするときも中庸がいちばん制約がないよと

話をするしね、方角もそういうふうに考えて良いんだ〜と

またひとつ目からウロコを落として帰ってきました。

 

北東方面は、ものすごく良い日もない代わりに

場所の選択肢はとてもたくさんあるので、計画を練るのが楽しみです。

来年は自分の場が北(勉強に良い)なのでいろいろ勉強したり書き物をしたりして

過ごすのが吉だそう。

 

今年は変化の年、手放しの年。

年明けにはサタリタもやってくるから、いろいろ身軽になりたいのもあるし

私は今年どんなことを変えただろう。

 

やっぱり一番大きいのはオフィスを手放したこと。

オフィスを手放す時に、見栄や虚栄心も一緒に手放した。

それから、ちゃんとする・頑張るを極力やめた。

自分の正しさを大上段に構えて振り回すこともやめた。

人間関係も随分変わったかな。

前は正しいか正しくないか白黒をはっきりさせなくちゃ!と思ってて

無理な時は自分からバッサリ切ったりしてたけど

今年は抗わないことにした。来るもの拒まず去るもの追わず。

購読しているメルマガに、これからは世界が分かれて、それが交わらなくなっていく

と書かれているのを読んで

私が感じてたこと(=キャニオン渓谷論)は間違ってなかったんだと再確認。

FBも、前は興味のない分野の投稿が目に入らないように

フォローを外したりしてたけど

見たくないから必死で防御することは、ものすごく見たがってると同じだと気づいて

下手に小細工するのはやめにした。

あ、あとは、天中殺に何か始めるとどうなるか?みたいな人体実験(笑)はやめて

開運に良いと言われることをやるとどうなるかという人体実験に変えたね。

 

こうしてみると色々やってる。

現実面での大きな変化はよくわからないけど

精神的にはすごく軽くなった感じがしています。

秋分の日以降は、新たな変化をしていくというより

これまで変化してきたことを来年に向けて定着させていくようなフェーズに入ると思うから

その前に振り返りができて良かった。

 

 

余談ですが

台湾行くなら、この9月と10月がいいよと言われて

めっちゃ心が揺れている今(笑)

 

 

Posted by 八雲あかね at 13:59 | 日々の徒然 | - | -

遊びだからこそ本気で。

LPレコードのジャケ写に合わせて写真を撮る

という遊びをしてきました。

顔はめ看板の逆バージョン。

 

ネットで見て面白そうだからやってみたい、という

たぶんものすごい軽いノリで決まった企画。

 

決めたのは日にちと時間と場所。

あとは、こんなレコードがあるよ、と画像を見せてもらった程度。

メンバーがそれぞれ使えそうな服や小道具を持って集まったわけですが

もう、見事に過不足がない。

そして、なんかよくわからんけど持ってきた、というものが

意外なところで役に立ったり。

 

どんな感じか試しに撮ってみよう、と写した1枚目がおおいに受けて

そのノリとテンションで撮影が進行するんだけど

もう全員が天才というかプロというか。

ゾーンに入るっていう感じ。

 

こんなポーズどう?とか、背景はここがいいんじゃない?とか

アイデアもポンポン出てくるし、

じゃあちょっと足元片付けよう、光が反射しないように幕張ろう、と

役割分担や仕事がはやいこと!

15〜6枚くらいのジャケ写をしてるはずで、1発撮りじゃないのもあったのに

撮影開始から終了まで2時間かかってない。

 

 

 

ずっと笑いっぱなし。

撮影後の後片付けもあっという間に終了。

 

午前の集中力がちょっと切れて、ランチタイムはまったり。

 

何のためにという目的も、生産性もない遊びなのに

遊びだから、みんな大真面目に本気出したから

あんなに楽しかったんだよねーという話になりました。

 

人間、生きていれば多かれ少なかれなにかしらの役割を担います。

勉強、家事、仕事。

程度の差こそあれ、そこには「〜のために」が紐ついてる。

 

たまにはそういうのを取っ払って、

ただただ、やりたいから。楽しいから。という衝動だけで遊ぶって大事。

大人なら尚更。

 

 

Posted by 八雲あかね at 09:59 | 交流・おでかけ | - | -

小さなしあわせ

我が家はマンションで、築30年超です。

新築で購入したので、築年数=居住年数なわけですが

その間に2回、大規模な改修工事(外壁塗装)がありました。

 

最初の工事のときの業者が結構杜撰で

それまでの塗装の上にペンキを上塗りしたため

網戸がはめられなくなった窓があったり

また出窓の網戸のはめ方が適当だったので、窓を開けると

出窓が一緒に開いてしまって手の届かない場所まで行ってしまったり

という不具合があって、全開にできない窓が3か所ありました。

 

で、2回目の外壁塗装が昨年秋から今年の初めにあって

今回の業者さんは本当に丁寧で

出窓など、自分ではできない窓の網戸の取り外しや取り付けも

塗装前の処理(前の塗料をはがしてコーキングする)をしてくれたり

工事期間中、網戸を外して家の中に保管することになっていたんだけど

その期間を利用して、張替の斡旋をしてくれたりとか

(前の工事の時は塗るときに外してよけておいただけだった)

 

おかげで家の窓すべて、心おきなく全開にできるようになりました。

 

明るさは変わらないけど、窓を開けられなかったときは

心の底から家が好きだ‼とは思えなくて。

やっぱり風通しが悪くなれば、結露が発生したり空気が澱むし

そういう部屋はだんだん納戸化していくんだよね。

 

夏の間はエアコンを入れるから締切っていたし

暑い間は片づける気にもならなかったけれど

ここ何日か、我が家に(というか私に)掃除の神様が訪問してくれているので

今日はゴミの日だし!と、台所の換気扇カバーを交換して

娘の部屋の出窓のカーテンを外して捨てて

出窓に置いてあったものを片づけて掃除して、新しいカーテンをつける。

という難易度の高い用事をこなしました。

やるときはやる子なんです(笑)

 

窓を開けて風が入る、ということが本当に幸せ。

 

自分のオフィスを持った時、それから手放す時に感じたことですが

「場」には明らかに「気」が宿りますね。

最初ガランとしてよそよそしかった部屋に、自分の荷物が増えていくと

居心地がどんどん良くなるし

オフィスを手放そうと決めたとき、まだ何一つ物を運び出しても動かしてもないのに

部屋が妙にスカスカしたように感じたこと。

 

 

まだ全部片づいてはいないし、掃除もちゃんとできてはいないけど

家の中に《見てみぬふりをしたい場所》が無くなることは

本当に気持ちのいいものだと感じます。

 

それはきっと家だけじゃなく、自分の持ち物や

ひいては自分自身の心もきっと同じなんだろうなと思う。

そんな朝です。

 

Posted by 八雲あかね at 11:11 | 日々の徒然 | - | -

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